苦労人

@hasshi2018

第1話

 「私の野球人生は『苦労』そのものでした。」

真っ白な歯を覗かせてそう語るのは、プロ野球「鹿児島アサヒドリーマーズ」に所属する鈴山紀夫投手。彼は今、ちょうど引退会見を開いているところだった。「私の20年に及ぶプロ生活に後悔はありません。たくさんの人々が私を支えてくれて…」この会見を最前列で見守る私、鳩山則夫は、彼が高校生の時から彼を取材し続けていた。高校生の時の彼は、無敵に近かった。

 投げれば最速148km/sのノビのある直球とフォークで三振を量産。打っては高校通算27本塁打の長打力を併せ持ち、高校3年時の甲子園ではベスト4の実績を手に入れ、世代NO.1ピッチャーと呼ばれるようになった。私が彼に出会ったのは、ちょうど彼が高校二年生になる頃だった。幼さの残る顔で、えげつない球を放る彼に私は一目ぼれした。「これは本物だ」そう確信した私はその日から月に1回、知り合いのスカウトを連れて高校を訪れていた。スカウトは彼の球を見るたび目をまるくして、「こんな化け物がいたのか…」と小言を漏らしていた。その後そのスカウトと飲みに行った時に、「お前俺よりスカウト向いてるんじゃないか?」と言われたことが懐かしい。その後、鈴山は3球団競合の末、ドリーマーズに入団。彼の未来は明るいはずだった…。

 1年目の春季キャンプ。彼の周りにはマスコミが蚊柱のように屯していた。私もその蚊柱の一部だったのだが…鈴山は彼らのことはお構い無しにいつも通りのえげつない球を放っていた。ブルペン投球終了後、彼は私のもとに駆け寄り、「来てくれたんですね!!」とうれしそうに話しかけてくれた。私もうれしかった。彼が1軍で投げる姿を想像してはニヤニヤしてしまう日々だった。

 しかし、そう簡単に1軍へ上がれないのがプロ野球の世界だ。彼の1軍初登板は、春季キャンプから半年がたった、まだまだ暑さの残る9月の読売巨人戦だった。私も球場へ足を運び、鈴山の勝利をこの目で見ようとウキウキしていたが…

 結果は6回3分の2を投げて5失点。ほろ苦いデビューとなった。鈴山本人も相当悔しかっただろう。だがまだプロ1年目。この先活躍するチャンスはいくらでもあるだろう。そう呑気に考えていたのはどうやら私だけだったようだ。

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