最終話 退院(2)ユキさんと僕
退院の日が来た。僕は会計などをすませ様々な手続きを済ませ、正午には病院の正面玄関に向かった。まだ松葉杖がうまく使えず我ながらぎこちない。ゆっくりと玄関を出た。辺りを見回したがユキさんは来ていない。
三十分が過ぎた。立っているのがつらい。
(本当に来てくれるのかな?)僕は少し不安になった。と、いうのも伝言は黒田隊員から聞き、喜んでメールをその他したが、相変わらず既読もつかず返信がこないのだ。
ロビーに戻って椅子に座ろうと思い自動ドアの前に向かおうとした時、遠くから何やら声がした。掛け声のようだった。
「エッホ、エッホ!」
何やら黒い物体がこちらに向かってくる。目を凝らしてみると人力車のようだ。
「エッホ、エッホ!」
声に聞き覚えがあった。段々人力車を引く車夫の姿がはっきりしてきた。
「ユキさん!」なんとユキさんが人力車を引っ張ってきているのだ。
「遅くなってごめんなさい。道路が混んでいて。」正面玄関まで来てユキさんが言った。息が荒い。
ユキさんは黒い笠をかぶり濃紺の腹掛けに股引き、地下足袋を履いている。まさに車夫そのものである。
「ユキさん、どうしたの?一体。」
「アタシ、免許停止になったでしょ?だからこの二日間で浅草の人力車の車夫の弟子になったのよ。そんな訳でメールも出来なくてごめんさない。」
「そうだったんですか。でもタクシーを使えば済むことなのに。……」
「タクシー⁈ああ、そうね。その手があったじゃない!嫌だ、アタシったら。全然気が付かなかったわ!完全に盲点ね。」そう言ってケラケラ笑った。だが、僕は涙が出てきた。僕の為にこんな修行をしていたのだ!
「ユキさん。ありがとう。」
「全然、気にしないで。それよりごめんなさい。この間、誤解して怒ってしまって。」
「こちらこそ誤解させてしまって。ごめん。」
「まだ身体、完全じゃないんでしょう?ずっと側についていてあげる。」
「頼りにしてます。」そう言いつつ、この人には僕がついていなければいけないと強く思った。
ユキさんが僕の身体を支えて、なんとか人力車に乗ることができた。そしてユキさんは如何にも車夫を気取って、いなせな感じで
「お客さん。どちらまで?」と言った。だから僕も客になりきった。
「そうだね。まずは自宅に……いや、その前に役所によってくれたまえ。まずは婚姻届けを出さなくてはイカン。」
「合点承知の助!」そう言ってユキさんはまた「エッホ、エッホ!」と掛け声をかけながら僕を乗せた人力車を引き始めた。
僕はなんだか晴れがましくもあり照れくさくもありながら、その乗り心地の良いシートに身をゆだねた。
(おしまい)
ユキさんと僕 大河かつみ @ohk0165
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