第02話 主任と柊アヤ
****** 車内-移動中 ******
アヤ:
東京都内はどんよりとした曇り空で、今にも雨が降り出しそうな嫌な天気だ。分厚い雲が低い空を覆い、街全体が陰鬱なグレーに染まっている。ワイパーが間欠的に動くたびに、フロントガラスにこびりついた水滴が不規則な模様を描き、街の景色を歪ませていた。
私は柊アヤ、東京大学の2年生。卒業までの間、アルバイトとして東京CJ調査室・特殊課で探偵をしている。山梨県に入ってカーラジオから流れるニュースが、この重苦しい空気を少しだけ和らげようとしていた。
ラジオ:
「各地で美しい紅葉が広がり、秋の訪れを告げる絵画のようです。風は冷たくなりましたが、山は色とりどりの絨毯を敷き詰めたように鮮やかで、訪れる人々を魅了しています。そろそろ紅葉狩りやシイタケ狩りのシーズンですね。
それでは、次のニュースです。最近、県内の山間部で行方不明者が多く出ているという報告が寄せられています。警察は捜索を続けていますが、未だ有力な手掛かりは見つかっていません。
山間部にお住まいの方々や、これから山に入られる方は、戸締まりや山歩きの際には、複数人で行動する、もしくは携帯電話の電波状況を確認するなど、十分気をつけてください。」
アヤ:
穏やかなBGMとともに、アナウンサーの優しい声が車内に響く。しかし、その後に続くニュースが、秋の行楽気分をかき消すように冷たい現実を突きつける。
「のどかで、のんびりとした雰囲気なんだけど、この地域のニュースを聞くと…良い話ってありませんね。心から秋の景色を楽しめる人は、一体どれくらいいるんでしょう。アケミさん、何か心が晴れるような楽しい話ってありますか?」
アケミ:
「そうね。最近は確かに嫌なニュースが多いわね。この地域の行方不明の事件、今回の依頼にリンクしてるんじゃないかって、少し嫌な予感がしているの。もしかして私たちと関係あるかもね。
良い話、ね。お酒の席で話す話なら、いくらでも引き出しがあるわ。どうせなら、とっておきの話でアヤを驚かせてあげたいし…。
とは言え、まずは仕事よ、アヤ。
プロは遊びと仕事をしっかり分けないとね。」
アヤ:
アケミ先輩は一瞬だけ茶目っ気のある表情を見せた後、すぐに真剣なまなざしに戻る。この人は詩音時アケミ主任。私の上司だ。普段は繊細な気配りができるのに、いざという時には頼りになる姉御肌。それでいて、仕事が終われば豪快に酒を飲む酒豪、といったところかしら?掴みどころがないようで、実は一番頼りになる人だ。
「アハハ、さすがアケミさん。一本取られちゃいました。依頼内容について、もう一度確認してもいいでしょうか?先程の課長の説明だけでは、少しだけ不安なところがるので…。
アケミ:
「もちろんよ、アヤ。不安なことは、何度でも確認すればいい。それがプロよ。依頼内容と地域については、しっかり事前調査もしてあるから、一緒に詳しく説明できるわよ。」
アヤ:
主任の対人交渉能力と情報調査能力は、まさにプロのそれ。私にはまだまだ真似できない。彼女の調査書はいつも完璧で、抜け穴一つない。彼女がいてくれるからこそ、私も安心して仕事ができる。
「ありがとうございます、アケミさん。その前に、実は課長とも少し話をしていたときに、一つだけ気になることがあったので、聞いてもいいですか?もしかしたら、アケミさんも感じていることかもしれません。」
アケミ:
「もちろん、何でも聞いてね。私たちの仕事は、聞くこと、確認することから始まるんだから。小さな違和感も見逃さないように。」
アヤ:
「はい。今回の依頼は人探しですけど、この行方不明事件の報告を聞いていると…これってあれじゃないですか?『件の奴ら』が関わっている可能性は…どう思いますか?」
私の言葉に、アケミさんの表情が少しだけ硬くなる。
アケミ:
「アヤ、よく気づいたわね。本当に成長したわ。確かに特殊課に来る依頼の中には、『件の奴ら』が絡んでいる場合がとても多くなっているから…今回も、否定することはできないわ。
陰惨な事件の裏には、彼らが関わっている場合が少なくない。私たちの常識が通用しないから、本当に厄介なのよね。この仕事を続けていると、人間の理屈だけでは割り切れない現実が、いかに多いかを痛感させられるわ。」
アヤ:
アケミさんは、ハンドルを握る私の肩にポンと手を置いた。その手の温かさが、不安で揺れ動く私の心を落ち着かせてくれる。
アケミ:
「とは言っても、将来のエースであるアヤ、それをサポートする縁の下の力持ちな私。その私が一緒にいるんだから安心なさい。どんな奴が相手でも、二人でなら乗り越えられる。とは言っても、気を抜いていいわけじゃないわ。気をつけるに越したことはないからね。」
アヤ:
「わぁ、心強いお言葉、いつもありがとうございます。心強いです!アケミさんと一緒なら百人力ですね!。どんな困難も、二人でならきっと乗り越えられますよ♪」
大雑把な性格に見えて、仕事に関しては誰よりも繊細。そして、私のことを真剣に考えてくれている。それがアケミ主任だ。彼女の優しさと強さが、この仕事に立ち向かう勇気をくれる。
アケミ:
「ふふ、慎重に行きましょう。特に、今回は山梨県だもの。
せっかくだから、仕事以外の時間も楽しみたいわ。」
アヤ:
「実は、いいお店を見つけたんです。仕事が終わったら、美味しいお酒でも飲みながら、今日の出来事を話しませんか?こういう仕事の後は、のんびりお酒をあおるのが一番の気分転換になりますから。」
アケミ:
「その通り!分かっているじゃない!こんな移動中じゃなくて、美味しい地酒でも飲みながらなら、いくらでも話せるんだけどね。今日のことは、仕事が終わってからたっぷり聞かせてもらうわ。アヤが紹介してくれる店なら、間違いないでしょう。どんなお店か、楽しみにしているわ。」
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