第4話 今世でのお茶会
「こちらです、姫」
放課後。岸辺に案内されてやって来たのは、彼女の家。……親の転勤で引っ越してきたというからてっきりアパートか何かだと思ったのだが、かなり大きめの一軒家だった。
「持ち家なんだな……」
「父の実家なんです。とはいえ、祖父母はわたくしが幼い頃に他界していて……今まで叔母が管理していたのですが、父が地元に帰ってくる際に、わたくしたちで住まうことになったのです」
意外に思って聞いてみると、そんな事情があったらしい。確かに、よく見てみるとそれなりに築年数が経っているように思える。
「さ、どうぞこちらへ」
「ああ……」
岸辺に促されて、門を潜って敷地へと入る。そしてそのまま、家の中へと招かれた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさーい。……あら、お友達?」
家に上がると、岸辺の母親らしき人物に出迎えられる。岸辺に似て、背が高くて美人である。
「そんなところです。さ、こちらへ」
母親を適当にあしらって、岸辺が俺を先導する。階段を上って二階に行き、突き当りの部屋へ案内された。
「さ、どうぞ。お入り下さい」
「……」
女子の私室に入る。そんなイベントに緊張する間もなく、俺は岸辺の部屋に入った。……部屋の中はとても簡素であった。ベッド、本棚、机、ローテーブル。最低限の家具だけが取り揃えられた部屋だ。壁紙は白、布団の色も白、カーペットも白。クッションやぬいぐるみのような飾り気が一切ない、シンプルすぎる部屋だった。
「姫はここでお待ち下さい。わたくしはお皿とお茶を用意してきます」
俺をローテーブルの前に座らせて、岸辺は部屋を出て行く。道中のコンビニで購入したカラムーチェを乗せる皿と、ついでに飲み物も持ってくるようだ。
「……なんか、無駄に良い匂いするな」
見た目はシンプル―――というか殺風景なくらいの部屋だが、匂いだけはいっちょ前に女の子の部屋である。中二病でも一応は女子か……。
「お待たせしました」
すると、岸辺が戻ってきた。手には飲み物やお菓子を乗せたお盆。
「どうぞ、姫。粗茶ですが」
岸辺はそう言って、俺の前にグラスを置く。中身は麦茶だ。スナック菓子と合わせるなら、紅茶よりは適任か。
「姫って呼ぶなよ」
「ここは学校ではありませんし、二人きりなのですから、良いではありませんか」
俺の文句も流して、岸辺はローテーブルの真ん中に皿を置く。俺の希望に合わせて用意してくれた、カラムーチェだ。
「前世のお茶会に比べればささやかですが、ご一緒出来るのは嬉しいですね」
俺の対面に座り、そんなことを言う岸辺。……前世でのお茶会は、騎士は後ろに控えているだけで、同席は出来なかったからだろう。いや、前世なんて信じてないが。
「さあ、どうぞ。姫野ために用意したお菓子です。遠慮なさらず」
「ああ」
岸辺に勧められて、俺はカラムーチェを摘まむ。うん、旨い。
「ところで姫」
「ん?」
カラムーチェを口に運んでいると、岸辺が唐突に呼んできた。……姫呼びに関しては突っ込んでも、校外だからという理由でどうせ聞かないだろうと聞き流すことにする。
「今朝、夢を見ませんでしたか?」
「ぶっ……!」
しかし、その問い掛けには思わず口の中のものを吹き出しそうになった。
「……んぐっ。お前、突然何言い出すんだよ……!?」
俺は麦茶で口の中をリセットすると、俺は岸辺を問い質す。……俺はこいつに夢の話はしていない。にも関わらず、どうして言い当てたのか。
「その様子、やはりそうなんですね……今朝から様子がおかしかったですし」
どうやら、岸辺はカマを掛けてきたらしい。とはいえ、違和感を覚える程度に俺が挙動不審だったのも事実のようだ。
「わたくしも、前世の記憶は夢に見ることが多いですからね。転生した直後は全ての記憶を思い出すことは出来ませんでしたが、夢で徐々に取り戻していきました。今でもたまに見ます」
岸辺曰く、前世の記憶は夢で見ることがあるらしい。それと俺の異変を合わせて、俺が前世の夢を見たのではないかと考えたわけか。
「これでお分かり頂けましたか? わたくしたちが転生した、と」
「……」
岸辺に言われて、俺は黙るしかなかった。……正直、前世の記憶なんて信じられない。だが、今朝の夢の内容は未だにはっきり覚えているのだ。あれが普通の夢とは思えない。となれば、転生云々も信憑性を帯びていく。
「あなた様は、わたくしの主にして最愛の人、ミリアーナ姫その人です。それは疑いようがありません」
正座して、真剣な表情でそう告げてくる岸辺。……マジで信じたくないが、こいつの言うことは本当に正しいのだろうか。
「姫。どうか、現実を受け入れて下さい。……わたしは、姫をお守りしたいのです。そのためには、姫自身に前世を受け入れて頂けなければなりません」
こいつは前世では俺の騎士だった。だから、この人生でも俺のことを守ろうとしているのだろうか。……それで、本当にいいのだろうか?
「……そんなこと、しなくていいだろ」
「……はい?」
俺は彼女の姿勢が気に入らなかった。この際、前世の記憶に関しては信じるとしても、だ。こいつが前世に縛られて、いつまでも俺の騎士のつもりでいるのは、なんか嫌だった。
「お前が騎士の真似事なんてしなくていいだろって言ってるんだよ」
「……まだ、信じて下さらないのですか?」
「そうじゃねぇ。俺は姫野光雄だ。ミリアーナ姫じゃねぇ。お前だって、騎士エリオットじゃなくて、岸辺絵里だろ。……前世は前世、今世は今世だ。そんなことに固執するんじゃねぇよ」
俺は本当に、ミリアーナ姫とやらの生まれ変わりなのかもしれない。けれど、そんなことは関係なかった。今の俺は姫野光雄として生きているんだ。前世の自分のことなんて、その時の人間関係なんて、今の俺にはどうでもいい話だ。
「姫……」
「その姫呼びもいい加減やめろ。今の俺は姫じゃねぇ。……お姫様扱いは、今の俺を蔑ろにする行為だろ」
前世の俺を引き摺るということは、今の俺を否定することに他ならない。ミリアーナ姫と姫野光雄は完全に別人なのだから。
「そう、ですか……」
俺の言葉に、岸辺が残念そうに呟いた。……もしかしたら、岸辺は前世の記憶だけでなく、人格までもそのまま引き継いでしまったのかもしれない。だからこそ、俺を姫として守ろうとするのだろうか。
「……ご馳走さん」
もう彼女と話すことはないだろう。俺は立ち上がって、そのまま部屋を辞した。
「……」
そんな俺に、岸辺は何も言わず、身動きすらしなかったのだった。
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