真夜中の分岐点

位用

聞こえる世界

 落ち込んだら近くの山に星を見に行く。社会人になり車を買ってから、俺はそうすることが増えた。別に星に詳しい訳では無い。ただ、壮大なものを見ていると自分の悩みや失敗なんて小さなものに見えるなんていう、ありふれているけれど、真理である気もする、そんな理由で星を見に行く。近くに無いから行ったことはないが多分、海でも似たような気持ちになれると思う。

 今日も、俺は山に星を見に来た。なんで来たとか、そういうのはあまり気持ちのいい話にならないから割愛。言い忘れていたが、山に行くと言っても中腹にある駐車場までだ。その駐車場は崖の様な場所に位置しており、少々頼りなくて背の低い木の柵から見える真っ黒に染まった山々に囲まれて、人々が到達し得ない場所からやってくる光たちとの邂逅を果たすのだ。近くのボロっちい自販機で冬ならホットココアを、夏ならコーラを買ってベンチで一息つく頃には、落ち込んだ気持ちはどこへやら、微かな幸せすら感じる。

 コーラを飲み終わった。そろそろ帰り時である。名残惜しく空を見上げながら、車へと向かう。その時だった。



 「したをむいてごらん」



 感情の感じられない、でも機械的でもない。人間離れしている訳では無いけど、人間のものと言い切る自信もない。どっちつかずだけど気持ちの悪さは感じない、聞こえてきたのはそんなプロトタイプみたいな『声』。その『声』を聞いた瞬間、体が動かなくなった。心臓と肺は動いている……多分。全身の鳥肌が立ち得る箇所全ての鳥肌が立つのを感じ、冷や汗が物凄い勢いで背中を侵食する感覚が気持ち悪い。夜11時の平日、自分の他に車が無い駐車場において、誰かに話しかけられるなどありえない。いや、確かに『声』は聞こえた。幻聴ではないと断言出来る程、はっきりと。いや、しかしどこから?感覚としては頭の中に直接話しかけられたような……となるとやはり幻聴なのか?いやいや、そんなはずは……

一度この場に結論をもたらすべきだと気づいたのは『声』から約10分後だった。

「下を向いてみよう」

 若干やけにはなっていたが、恐らく冷静であっても同じ結論になっていただろう。現状、その声について分かっていることは、『俺に下を向いてほしいこと』だけだから。もし何かまずいものがあったとしても、車までさほど距離はない。逃げる事、避ける事くらいはできる。一番いいのは下には何も無くて、今のは幻聴だったんだと思えることだ。

 名残惜しさ故に上げた顔を下げるのにはやや勇気を要した。……そのひねり出した勇気のせいもあってか、下にあったには、やや拍子抜けをした。

 「……500円玉?」

 全身金色の、一世代前のヤツ。


 ☆


 少し迷ったが、その500円玉は拾わなかった。『この500円玉は拾わなければいけないものである』可能性と、『この500円玉が罠である』可能性、俺は後者の方が幾分大きいと判断した。

 「……もうここには来ないかな」

 結果的に(今のところ)何もなかったとはいえ、あんな寿命の縮む経験は一回で十分だ。


 不安と安堵という、中々共存し得ない2つの感情を抱えて車に乗り込む。いつもより15分程遅い出発になる。

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