奪う者と殺す者ーThiefー

純粋無垢な黒

 奪う者は殺す者とは限らない。


 欲望のままに奪い尽くす。


 嫉妬のままに奪い尽くす。


 ではその者はどれか?


 何れでもない。


 求めるのは過程と結果。


 求めるのは静寂と沈黙。


 求めるのは芸術的に成し遂げ、足跡なく成し遂げ、気づかれる事なく戻すまでが目的なのだから。



ーー


 風の国シルファス西部キジは丘陵地帯にあった街である。かつては修行する者達の拠点としていた場所であったが、今そこにあるのは人がいたという痕跡のみが残る。

 風化し劣化した家屋は荒れ果て崩れてるものもあり、風がただ吹き抜けていくだけの静寂の世界だ。


 何故そこから人がいなくなったのかは諸説あれども、確かなのは風だけが住む街となり身を隠す場として使われているという事実があるのみ。

 今もそこの廃屋に隠れる者がいた。黒衣纏いしネビュラと、彼に雇われるトリスタンとヤーロン、そして、口を黒い布で隠し胸元以外は上半身に羽織る暗い赤の服と黒の袴のみの女性だ。


「ザキラ様のカードも回収終えたんだし、もう戻りゃいいじゃねーか」


「神獣アヤミが拠点の近くにいるみたいだから、今帰ると危ないかな。それまでここで待機」


 へーいと呆れ気味にトリスタンは答えながら放棄された長机に座り、目を閉じ壁を背に佇む女性に目を向け艶美な姿を見つめるも、察したのか女性は右手首のカード入れからカードを抜き咄嗟にトリスタンもカード入れに手をかける。


「下衆な目で見るんじゃない」


「んな事言われたってザキラの姉御様がそんな格好してっから……というか大盗賊ザキラ様がホントに女だったってのは驚きだがよ」


「勝手に周りが男と思っていただけの話ということ、それからあたくしはお前が思っているよりは歳上だトリスタン」


 大盗賊ザキラと呼ばれた女性はカード入れから手を引きながらトリスタンに対しハッキリ言い返し、それにはトリスタンも帽子を深く被りヤーロンはふっと笑いそのやり取りを見ていた。


「確かにザキラの名前は火の夢よりも前からあるネ。五年前に捕まったと聞いた時は驚いたヨ」


 ヤーロンの話にザキラは沈黙し、それには肩を上げてヤーロンも呆れつつもそれ以上に廃屋内をうろつき、まるで芸術か何かを堪能するようにあちこちを見て回るネビュラの方が気になり声をかける。


「そんなにここが珍しいあるカ? 特別ネビュラが気になるものはないと思うネ」


「何もないから何かある、何かあるから何もない、それを証明できるものはない。ないからあると思って探したくなる」


 答えになっているのかなっていないのかヤーロンは理解できず、聞いていたトリスタンと顔を合わせて互いに小さくため息をつく。


 雇われの身としては従うしかないが、奇行とも取れるネビュラの言動には理解は及ばず、だがそれ故に惹かれるものもある。無論それは、脱獄を手引きされたザキラもまた同じだ。


「依頼の品を手にするだけならば、すぐにでもあたくしは取り掛かるが」


「依頼主本人と話さないと仕事をしないと言った君の為に影法師の術でカナリア牢獄に来て今に至る。そういう相手に対してはより正確に計画を理解してもらう方がいいと学んだ、だからまずは見せるべきものを見せてからと考える」


 ネビュラの言葉を受けてザキラはカナリア牢獄での出来事を振り返る。当初は収監されていた自分の所へトリスタンとヤーロンが赴いて来たが、彼らが代理人と気づいて拒否を示した。

 すぐにネビュラが影法師の術により姿を見せて依頼を伝え、それを受託し脱獄に至りキジの街でネビュラ本人と話すに至る。


(この男は、何故あんなものを望むのか……)


 盗賊として誰かの依頼を引き受ける中で様々なものを盗み出してきたザキラが思うのは、この街で実際盗む品について聞いた時の事である。普通ならば必要としないもの、研究者や魔法使いの非合法な物品依頼を受けてきて初めてのもの。

 何よりも、ネビュラの光無き眼ながらも純粋にそれを望んでいると伝わってきた事が恐ろしく、だからこそ知りたいと。殺し屋であるトリスタンやヤーロンが雇われるのを承諾した理由も理解でき、故に、興味が出た。


 と、ザキラは何かを感じて吹き抜けとなった壊れた窓の方に目を向ける。それを見たトリスタンがどうした? と声をかけると、誰か来ると返し、すぐトリスタンとヤーロンは気を張るものの、気配は感じず気のせいと思いかける。


「おいおい、まだ誰も来てねぇじゃねぇか……って、そーいや警戒心めちゃくちゃ強いとかで捕まらなかったんだったな」


「なら罠を仕掛けて待ち受けるアルネ。ワタシに任せるアル」


 ザキラの警戒を受けてヤーロンが外へ出て行き、トリスタンもとりあえず机から下りていつの間にか隣に来ていたネビュラに驚きつつ、彼が手の中で転がしている赤と黒が入り混じる玉に目を向け興味が向く。


「なんだいそいつは?」


「エルクリッドへの贈り物、かな。もし彼女が来るようなら、これを与えておきたい」


 無表情無感情虚空か虚無かわからないネビュラの表情に笑みが見えた気がして、トリスタンはぞくりと背筋に寒気が走る。殺し屋として危険を感じ寒気となる事もあったが、ネビュラに対するそれはまた異なるもの。


 純粋無垢な黒そのもの。邪悪さのない黒の色、ただそれだけだったから。


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