下降
仕事も残業に取り掛かり、外を見るともう真っ暗で時計を見たら21時を回っていた。
結局あの後上司からは、冗談交じりに「最近顔色悪いから何か家でゆっくりしてみてはどうか?」と言われ、矢張りあの時の表情は私の癖を何となく察していたんだなあと改めて恥ずかしい思いに浸っていたのもあったのかもしれない。
まだ数人残っているとはいえ、夜の職場は相変わらず心細い上に、今日の出来事もあって早く帰りたいと切に願って私はそそくさとエレベーターへ向かう。
社内のエレベーターを前にすると他のエレベーターより何処か雄々しく見えて、これは私がいつも行っていた行動をしてしまうのも恐れ多くなるな…とエレベーターのドアを眺めながら思い至った。
そして、漸くドアも開き私はエレベーターの中へ搭乗する。
私は躊躇しながらも一階へのボタンを押す。
中はおそらく10人は入るかもしれないと思うほどに広い。
だからこそ余計にあの時、上司の雰囲気がより鮮明に感じ取れたのだ。
エレベーターは段々と下のフロアへ下っていく。
各フロアはまだ人が残っているので完全に明かりが消えているというわけではないが、勤務中のあの人がいるという雰囲気が如何に心を安定させてくれるのかがよくわかる。
それならこのエレベーターに人が乗っている時の心の安定感はきっと私が人肌淋しい気分を埋めるのには十分であったはずなのに…。
そこで私は我儘を唱えてしまった。
癖を拗らせ、快楽に身を宿し、心を身勝手に溺れさせてしまい人の迷惑姿を見て興奮していた私はきっと周囲からは怪異として見られていたんだろうと思うと、正にこのエレベーターの様に下に降って行くように気持ちが下がっていってしまう。
降っていく…。
どんどんと降っていく…。
私は、今日の事でエレベーターのボタン側に立つのが怖くなり奥の片隅に立つようにしていたが…身体が勝手にボタン側に向かっていっていた。
今まで行ってきた行動が習慣づいたせいでどうしてもボタンが気になってしまい、まじまじとボタンを眺める。
手がいつの間にか震えている。
押したい…押したいという欲求が無意識に体に出てしまっていたのだ。
誰もいない筈のエレベーターで誰を誂おうとしているだ私は…!
おかしい!誰が!誰を!私はもうしないと決めた!私がおかしいと…!もういいじゃないか!
私は私の意思で辞めようとしているんだから、せめて私の身体なら云うことを聞いてくれ!
なぜ震える!なぜ押したくなる!何故!何故!!
私はエレベーターのドアを眺める。
ガラスに私が映る。
私の顔は怯えていたはず。
いや、恐怖の表情を私自身は出していた筈。
だけどそのガラスに写っていた私は…。
私を見てニヤけていた。
そんな顔をしているわけがないのに…。
そこで気づいた…。
私の快楽の対象は…今まで他人を怯えさせていた私の対象は…私自身になっていた。
私は一階に降りた瞬間、咄嗟に会社出口まで走り、外に出た時には安堵と不安と後悔の念で号泣しながら帰宅していった…。
その日以降、私はなるべく階段を使用することになった。
周囲には運動と健康等の
己を笑い、己がそれで欲を満たす…循環しているが外から観ればただの変態となんら代わりはない。
それでも私はエレベーターを使わなければいけない時がでてしまう。
そんな時は目を瞑り、心を落ち着かせるようにしている。
しかし、お客様や上司などに話しかけられたりしたら流石に話せざる終えないのでなんとか目の前のガラスは見ないようにしている。
我慢をしていれば何とか抑えられる。
それでいい…
それでいいんだ…
それで…
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