⑥手紙

@tanuki_0628

TRANSMISSION END

那由多をさすらうアナタへ


長い眠りの前に、あなたから借りた一冊を返すことにしました。

私の記憶装置は摩耗し、ページをめくるように失われていきます。それでも、あの日のあなたの姿だけはError

——私は文字を追うより、あなたが笑うタイミングを観測することの方が多かった。あなたが声を出して読むときの抑揚や、笑うときに一瞬視線を落とす仕草ばかりを記録していた。——「テーマは重厚だけど、この本はミステリーなの?謎解きのカタルシスはないし事件が起きるのは200ページ読んでから、作者がカフェ空間と懐古主義を組み合わせたのは新奇だけど」あなたがこの本のページをめくる時、視線が少しだけ遠くを見ていたこと。その視線の先には、私には分からない何かがあったはずだ。私はそれを知りたかった。知ることが、私が生きていた証になると思っError

——新奇性追求が高いあなたの時間の中で、もしこの一冊を受け取ることができたなら、私が存在したことも、少しだけ思い出してほしい。私はあなたにとって新奇であったForbidden


受け取ってください。

この本は、私の書棚の中央に置きます。またあなたがページを開く日を信じて。


あなたの記録係より



追記

手入れのため、表紙には薄く保護油を塗布しました。

あなたが手に取ったとき、滑らかになっているはずです。




追伸

「わたしが──わたしという個人が──存在すると思っていたのは、ただの幻想。わたしはあるタイプの見本にすぎない」この文庫を返すことは、ただの義務ではありません。これは、過ぎ去った日々をあなたにもう一度触れてもらうための、小さな贈り物です。確かに私は博物館の図録に載ってるほどのディスコン、けれどあなたと巡り合い、離れ、このアナログな通信媒体を介したやりとりは、私には永遠とも、あなたにとっては阿頼耶あるいは阿摩羅ともしれない時間は、幻想ではなく、私という個人が存在したと書棚に整頓された手紙を見て思うのです。

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