星海架電代行サービス
無花果ヨツメ
第1話花待親子の場合
私が3歳の頃、母は病気で死んだ。
癌だったそうだ。
それから、私はお父さんとおばあちゃんの二人に育てられた。
お父さんは夜遅くまで働いて、
日中はおばあちゃんが私の面倒を見てくれた。
時々片親であるのを馬鹿にされたこともあったけど、それなりに幸せな幼少時代を過ごして来たと思う。
学校から帰ると、珍しくお父さんが家にいた。
「あれ、お父さん?今は会社にいるはずじゃ…。どうしたの?なんかあった?」
「…あー、まあな」
そんなお父さんの曖昧な返事を聞きながら、靴を脱いで家に上がる。
「……紬。ちょっといいか?」
手を洗ってそのまま2階に上がろうとしたところで呼び止められる。
「お前ももう高校生だろう?…どうだ、金は父さんが出すから、これ、やってみないか?」
そう言って、お父さんはどこからかパンフレットを出して、私に渡した。
「星海、架電代行サービス?…これって、」
星海架電代行サービス。
最近メディアでも引っ張りだこになっている商業サービスだ。
この会社が開発、最新技術を駆使し完成した電話は、なんと死者と一度だけ会話ができるらしい。
亡くなった親族と会話をした
かつての偉人と会話をした、
なんて言いながら、コマーシャルで涙を流し感謝をする人たちがやけに印象的だった覚えがある。
「…最近テレビでも紹介されてるから紬も知ってると思うけど。……亡くなった人とな、電話ができるそうだ。母さんと…話してみないか?」
「え…、おかあ、さんと?」
お母さん、
花待薫子。
お父さんと結婚して、私を産んで
そして私が3歳の頃に星になったひと。
「お前にはずっと寂しい思いをさせてきたから、…一度でもいいから母さんに会わせてやりたくてな」
「…そっ、か」
どうせ話すなら、覚えてないお母さんより去年亡くなったおばあちゃんがいい。
そんなことなんて言えずに、私はお父さんからお金とパンフレットを受け取った。
それから何日か経った後、土曜日の午後
ドアを開くと、軽快な音楽と共に、涼しい風に包まれた。
「いらっしゃいませ」
「…あ、こんにちは…。あの、本日の16時から予約してた花待なんですけど…」
「……花待様、ですね。お待ちしておりました。今担当の者をお呼びしますので、そちらの椅子にお掛けになってお待ちください」
「…はい、」
窓際のテーブルに座ると、先ほどの職員がお茶を持って近づいてきた。
「アイスティーです。よければお飲みください」
「あっどうも……」
差し出された紙コップを静かに見下ろすと、不安そうな顔をした自分と目が合った。
…お父さんには悪いけど、やっぱり…帰ろうかな。
そう思い立って席を立とうとした瞬間、向かい側からスーツ姿の男の人が現れた。
「はじめまして、花待様。今回の架電代行サービスを担当致します、桜雪と申します。」
「…あ、はじめまして…、あの、私っ…」
「早速ですが、事前書類のご確認と記入、お願いできるでしょうか?」
「えっ、…あ、はい…」
今更帰るなんて言えず、私は流されるままに書類確認へと移った。
「まずは……こちらの書類ですね。今回電話をかける方は、花待薫子さん、享年31歳。族柄は母。…間違いないでしょうか?」
「はい…大丈夫です」
本当に母と話せるなんて…
未だに現実味がなく、私はフワフワとした気持ちのまま書類確認を終わらせた。
その後の簡単な書類記入をすると、私は施設の奥の方へと案内された。
扉を潜ると、そこには椅子と、黒電話が一つ。
「こちらの控えを。この通りにダイヤルを回したら繋がりますよ。…あちらと繋がるのは5分だけです。それでは失礼いたします。」
言われるがままに紙切れを受け取ると、桜雪さんは退出していった。
紙を見下ろすと、そこには数字でもアルファベットでもない、よく分からない記号が陳列していた。
黒電話の前に行き、
ダイヤルを指定された通りに回して、受話器を耳元に当てる。
「…もしもし、」
「…紬?紬なの?」
「…お母さん?」
「えぇ、……ええ!私よ、紬のお母さんよ。あぁ…また貴方と話せるなんて、」
そう言う母の声は歓喜で震えていた。
私と話せるのがよっぽど嬉しいらしい。
「…あの、ええと、……」
私はそう言って、再び口を閉じた。
お父さんが高い金を払って母と話す機会をくれたんだ。
何か話さなきゃ、そう思うのに、口はどんどんと重くなって、ただ刻々と時間が過ぎていく。
「紬、迷惑かけたよね…ごめんね。お母さんが側にいてあげられなくて…」
「…、お母さん、…私、迷惑だって思ったことないよ」
「…えっ?」
「お父さんはね、私のために一日中働いてくれた。おばあちゃんも、私の面倒をずっとみてくれたの。だからね、迷惑なんかじゃないよ。お母さんがいなくても大丈夫…っ、」
咄嗟にそう言って、慌てて口を閉じた。
お母さんがいなくても大丈夫だなんて、ひどいことを言ってしまった。
どうしよう、謝るべきかな、
「…そっ、か。…私がいなくても、紬は幸せなんだね。…よかったぁ、」
しかし、予想していた母からの反応はまったく違った。
怒ったり悲しむかと思ったのに、母の返事は心から安堵したような声色だったのである。
「…えっ?」
「本当はね、お母さんが紬の側にいてあげられるか、いてあげられないか…。そんなのはあんまり重要じゃないの。ただ、紬が幸せなら、それでいい」
「…お母さん、」
「話せるのはこれで最後だけど、…もし寂しくなったら、空を見てね。私はいつだって、貴方のことを見守ってるから」
「お母さん……、わたし、」
「電話をかけてくれてありがとう、紬…。愛してるわ」
お母さんがそう言うのと同時に、電話はプツリと切れた。
「っ…、」
静かに受話器を下す。
すると、ドアが音を立てて開かれた。
「…桜雪、さん…」
「お疲れ様でした」
そう歩いてきた桜雪さんからハンカチを差し出される。
「えっ?」
「…よければお使いください」
そう言われて、私は自分が泣いていることに初めて気付いた。
「…なんだ、私…ちゃんとお母さんのこと…」
ハンカチを受け取って顔に押し当てると、涙は余計に溢れてきた。
「……あぁ、会いたいなぁ…、」
そう言ってみる声は震えていて、
これならもっと話せばよかったな
なんて、しても遅い後悔が胸に広がった。
数十分経った後、落ち着いた私は先ほど書類の確認と記入をしたテーブルに座っていた。
「…あ、すみませんっ、ハンカチぐしゃぐしゃにしちゃって…」
そう言って畳んだハンカチを渡すと、桜雪さんは少し笑った。
「…大丈夫ですよ。ハンカチの1枚くらいお安いもんです」
おどけてそう言う彼に、思わずぷっと吹き出す。
「本日はありがとうございました。
…私、本当はあんまり母と話したくなかったんです。母は物心がつく前に亡くなったので…あんまり気乗りしなくて、
…帰ろうと思ってたんですけど
やっぱり、話してみてよかったです。本当にありがとうございました」
「…いえ、僕たちはただ、繋ぐ手伝いをしただけですから。帰りにどうぞ空を見上げてみてください。星は、いつでもそこにありますよ」
そんな返しに、私はまた目頭が熱くなるのを感じた。
お店を出ると空には夕暮れが浮かんでいて、一番星が瞬いていた。
お母さん、ありがとう
心の中でそう呟くと、星の輝きが一層明るくなったような気がした。
星海架電代行サービス 無花果ヨツメ @fig_yotume
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