第三章・無職独身女 ~欲望のまま迷宮で暴れたら再生数が爆発した~(ついでに迷宮も爆発した) 9

「なんとも忙しいヤツだな……」


 無駄にわーわー騒いでいるようにしか見えないアリンは、目をミミズにした状態で毒吐いた。


 そこから、軽く吐息を吐き出しつつ、ポンと日葵の肩を叩きながら言う。


「良いか? お前は大切な事を二つ忘れている。一つ目は大魔導であるお前が、この程度のダンジョンでオロオロする必要性は皆無だと言う事だ」

「私は別に大魔導なんて御大層な物ではないんですけど?」


 アリンの言葉に、日葵は真顔で否定した。


 一応、大魔導の素質とやらがある事は否定しないし、自分でも良く分からない魔導式が、勝手に頭の中から浮かんで来たりもする……するんだけど、だ?


「ぶっちゃけ、魔法の使い方とか良く分かってませんよ? マジで!」

「つまり、大魔導レベル1と言う事だろ?」

「大魔導かどうかは分かりませんけど、レベル1なのはその通りだと思います」


 だから、サッサと帰りたいんですが!

 ――そう言いたい日葵が居たのだが、その言葉が出るよりも先にアリンの口が動いた。


「お前のレベルが1だったとしよう? その状態で既に並の魔導士では逆立ちしても対抗出来ない強力な魔術や、膨大過ぎる程に膨大な魔力を保持している。これは凄い事だぞ? まさにサラブレッドは血で走るの典型だ! 大魔導は才能で魔法を撃つ!……と、でも嘯こうか?」


 嘯かなくて良いよ、そんなの!……とかって、日葵は思い切り叫んでやりたかった。


 しかし、興が乗ったのか?

 アリンは、含み笑いを不敵に浮かべながらも、話を続けた。


「これが一つ目の大事な理由――続いて二つ目だが、今のパーティーにはこの私、アリン・ドーンテンが居ると言う事だ」


 声高に叫んだアリンは、右手を『ババッ!』っと軽やかに上げながら叫んでみせた。


「ふふふ……これは幸運な事だぞ、大魔導? 世界でも最強格と謳われたこの私が、この程度の低レベルなダンジョンにわざわざ手を貸してやっているのだ。もはや、懸念する材料など、何処にもあるまい?」


 アリンは、断言する形で叫んでから高笑いしてみせた。

 日葵は『懐疑心しかありませんよ』と言わんばかりだ。

 

「……取り敢えず、アリンさんの実力は信じてますよ」


 地味に疑っていたけど、日葵は敢えて建前を口にしていた。

 実は疑ってます!……とか、本音を言ったら爆発しそうだったからだ。


 取り敢えず、アリンがやられそうになったら全力で逃げよう。

 ――そうと、心の中で何回も全力で逃げるイメージトレーニングをする日葵が居る中、アリンはゆっくりと木に近付いて行った。


「……え?」


 日葵は目をぱちくりさせた。

 アリンがゆっくり近付いていた木は、彼女本人が『トレントだ』と宣言していたモンスターであったからだ。


「ちょっ……何を?」


 わざわざ自分からモンスターに近付くとか、バカなのっ⁉――と、アリンを奇人認定する日葵が居た時だった。


「動画を見てる人間に分かり易いよう『ゆっくり』動いてやる。カメラもちゃんとベストな位置で撮影しておけ?」


 そうと答えたアリンは、地を蹴った。


 フワッ……っと、宙に浮く。


 そこから身体を捻ると同時、右足を高々と振り上げると――


 バキャァァァァッッッ!


 ――身体が『グルンッ!』と回り、豪快な右回し蹴りが大木に突き刺さる。


「ふぁっ⁉」


 日葵の口がポッカリ開いた。


 え? 爆発じゃないの!

 内心では、こんな事を考える。


 しかし、驚きはそれだけではなかった。


 メキ…メキメキメキィ……ッ!


 豪快な回し蹴りを喰らった大木は、突き刺さる形でめり込んだアリンの右足を中心にひび割れのような物が生まれると――


 ボコォォォンッッ!


 大木は見事に霧散した。

 見事に粉々である。


 爆破魔法を発動させたわけでもなんでもなく、蹴りの一発だけで数メートルはある極太の大木を塵にしていた。


「な、な、なぁっ⁉」


 日葵は目玉が飛び出る程に度肝を抜かれた。 

 余りにも驚き過ぎて、言葉が『な』しか出て来なかった。

 言葉ではなく、ボキャブラリーが出て来ない心境に陥った。


「一つ言い忘れた事がある」


 巨大な大木を回し蹴りの一発で木端微塵にしていたアリンは、思い出したかの様な顔になって日葵へと答える。


「私が得意な物は魔法ではない。徒手空拳だ。つまり無手での戦いが一番得意なのだよ、私は」


 つまり、アリンは全身凶器。 

 

「そ、そうなんですね……はは」


 日葵は額に大量の汗を流しながら声を返していた。

 尤も、顔は真っ青だったが。  


 全身凶器の爆弾女。

 得意なのは肉弾戦。

 もはや核シェルターに閉じ込めたいレベルだ。


「この人も、サッサと自分の世界に帰ってくれないかな……」


 ボソ……と、日葵はぼやく。


 すると、アリンは口元を緩めてから答えた。


「ちなみに、私の聴覚は常人の百倍近くあるぞ? 普段から聴力を上げていると、雑音で心が鬱になってしまうから、わざと聴力を封じる魔法を掛けているが、今みたくダンジョンの様な場所にいる時は、その封印魔法も『解いて』いる」

「…………」


 やんわりと答えて行くアリンに、日葵は顔から『サァァァァッ!』と血の気を引かせて絶句していた。


 つまり、ボソッと小声で言った言葉であっても、アリンの耳にはしっかり入る。


「私は寛大だ。多少の事では怒らない――が、だ? 次は無いとだけ先に言ってやろう? どうだ? 優しいだろう?」

「ははは……そ、そうですね!」


 サッサと異世界に帰りやがれ!

 凄まじい殺気を当てられ、瞳から涙が『じんわ~!』と出ている状態で、建前以外の何物でもない頷きを返しつつ、日葵は心の底から凶悪な爆弾女の帰還を、心から願うのであった。

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