3-7 マウンテン・バトル【後編】

 呆気なく前衛を崩された山賊達は、一気に総崩れとなってしまう。


 マリウスの策がハマり人数を一気に削られた事も大きかったが––––山賊達の戦意を下げる事になった最大の要因は、ナムールの存在であった。


 彼らにとっては何度もナムールの凄まじい戦闘力を目の当たりにしてきたため、“決して戦いたくない相手”として、頭に刷り込まれていたのだ。


 それでも取り囲んで数で当たればなんとかなるだろうと高をくくり、ナムールに向かって行く者が一人…また一人と斬り伏せられる––––。


 その様子を最後方から眺めていた山賊の頭領は、自軍の惨状を目の当たりにしても容易に受け入れられる結果では無かった。


「くそっ、こんな筈じゃあ無かったのに…ナムールの野郎、高い金を貰っておきながらあっさりと裏切りやがって!」


 …確かにナムールが離反した事は山賊達からすれば、とっておきの切り札を奪われたようなものだ。それでもマリウス達の強さを見誤る事が無ければ、ここまで一方的な展開にはならなかっただろう。


(俺様がこんな所でくたばっていい訳がねぇ!)


 既に負け戦をくつがえす未来が見えなくなった頭領は、部下達がまだ戦っているにも関わらず戦場を離れようとした。


「お、おかしら⁈この非常時にどこに行くんで⁈」

「俺が生きてさえいれば、またすぐやり直せる…お前らはせいぜい敵の足止めぐらいは役に立て!」

「そ、そんな…」


 部下を捨て石にして自分はさっさと逃げてしまう–––––山賊の頭領・ハイダンと言う男はそういう人物であった。


 ハイダンに声を掛けた山賊は呆然としていたが、事の次第を見ていたナムールにあっさりと斬って捨てられてしまう。


「ふん…哀れだな」


 吐き捨てるように言い、ナムールは一人ハイダンの後を追った–––––。


◆◇


 一方マリウス達は残った山賊達を圧倒し、一人残らず全滅させた。途中乱戦の様相を呈したものの…各人が死角をカバーし合い怪我を負う事もなく戦闘を終え、ようやく一息つく。


「ふぅ…終わったな。いやぁ、マリウス様の作戦はバッチリでしたね!」

「そんな事はないよ。皆がきっちりと動いてくれたお陰さ」

「それにしても、山賊の頭領は一人だけトンズラしたのか?逃げ足の早い奴だな」

「ん?そう言えばナムールの姿が見えないが…」


 オズマはナムールがこの場に居ない事に気付く。他の面々も姿が見えない事に気付いていなかったようだ。


「もしかして…山賊の頭領を追って行ったのではないでしょうか?」

「その可能性は高いと思う。山賊の頭領の行き先だけど、一人逃げ出すような奴だ。アジトに戻って、貯め込んだ金を持って逃げるんじゃないかな?」

「少し山を登った辺りに隠れ家らしき建物がありました。恐らくはそこが山賊達のアジトではないかと…」


 フォーダの意見に同意したマリウスは、ナムールの行き先を考えるよりも山賊の頭領の行動を読んで動く事にした。その合理的な判断に誰からも異論が出る事は無い。


「リン、アジトまでの案内を頼む。オズマさんも一緒に付いてきてくれますか?」

「畏まりました」

「ああ、勿論だ」


 そして馬に乗った三人にはマリウスから別な指示が出された。


「フォーダ、それにアベイルとカイも。三人はジュリオとレーナの二人と合流して欲しい。山賊達の残党がまだ隠れて居ないとも限らないからね」

「まぁ俺たちは馬が居るから仕方ないか…」

「マリウス様、どうかお気を付けて––––」

「うん、フォーダ達も気を付けてね」


 互いの無事を祈りつつ、マリウス達は二手に分かれてすぐに行動を開始した。


◆◇

(山賊のアジト)

「はぁ…はぁ…。へへっ、俺が貯め込んだ金だ––––誰かに奪われてたまるもんかよ」


 マリウスの予想通り、ハイダンはアジトに戻り金品を持てるだけ持って逃げようとしていた。


「さぁ奴らに見つからねぇ内に、さっさとズラかるか––––––なぁっ⁈」

「お前の仲間は全滅した。ここが貴様の墓場だ、ハイダン」


 ハイダンは後ろからナムールが付いて来ていた事に全く気が付いていなかった。心底驚きはしたものの、ナムール相手であれば交渉が出来るかもしれないと考えたのだ。


「なぁ、ナムールさんよ?てめぇが裏切った事は水に流してやる。それと契約金の倍を払うから、ここは一つ見逃してくれねぇか?」


 ハイダンは頭を下げ、拝むようなポーズを取りながらナムールの返事を待った。


「–––––くだらん。貴様らと手を切ったのは、俺との約束を守らなかったからだ」

「約束だぁ?そういや女子供に手は出すな、とか言ってたか…まさかあのレーナとか言う巫女の女を攫ったのを根に持ってんのか?バーカ、お前を雇う前から続けてきた飯の種をそう簡単に辞められるかってんだ!」


 ナムールはふぅ、と一息ついた後に剣のつかに手を添えた。元々ハイダンを斬るつもりではあったが、先程の言葉を聞いたお陰で一層目の前の男を斬りたくなった。


「貴様などに俺の生き方をけがされる筋合いは無い––––死ね」

「はっ!散々手を汚して来た癖に、そんな甘っちょろい事言ってんのか?お前こそここで死にな!」


 ナムールが動き出した瞬間、その口元は微かに笑っていた。


(この男が言うように俺の手は多くの血に塗れている––––それを否定するつもりは無い)


 自身に剣の道しか見出せなかったナムールは、命のやり取りをする用心棒こそ自分の生業なりわいだと考えていた。


 しかしそんな彼も、力の無い女子供を手に掛けたり奴隷にするような真似は絶対にしないと決めていた。


 死んだら地獄に落ちると既に決まっているのだとしても、己の定めた信念は決して曲げない––––ナムールとはそう言う男であった。


「こういう事もあろうかと用意しておいて良かったぜ…喰らいな!」


 ハイダンは迫り来るナムールに向かって、用意していた手斧ておのを投げ付ける。


「ぐっ…」


 勢いのついた状態から、なんとか上体を逸らし手斧を躱した。ナムールが体勢を崩した隙を突いて、ハイダンは愛用の鋼の斧に持ち替えて斬りかかるが–––––ナムールは後ろに下がりながらもなんとか回避に成功する。


 普段はズル賢い男だが、元々ハイダンは実力で山賊の頭領にのし上がっただけの事はあり、殺そうとして掛かって来たナムールを押し返す事に成功した。


「甘く見てもらっちゃあ困るな?次はお前の脳天かち割ってやるぜ!」


 殺しに来たナムールを一度は退けた事で、これなら勝機があるかもしれない…とハイダンは強気に出ていた。


 しかし、ナムールを果たして止める事が出来るだろうか?少し前にオズマに対して披露しようとした、ナムールの全力を–––––。


「確かに貴様を侮っていたようだ。その詫びに…ひと思いに殺してやろう」

「なっ…さっきまでと全く気配が違いやがる––––⁈」


 ナムールの雰囲気の変化を敏感に感じ取ったハイダンは、いつでも手斧を投げ付けられるように構える。



 ふぅっ–––––––とナムールが息を吐き出した瞬間。まるで弾丸を打ち出すかのような勢いでナムールが駆け出す。


(はっ、速えぇっ⁈)


 ハイダンにとってはさっき凌いだ時の踏み込みと比べて、体感で数倍は速く感じてしまう。焦ったハイダンはまともに狙いをつけられないまま、手斧を投擲とうてきする。


 幸いナムールの身体目掛けて手斧は飛んで行ったものの–––––攻撃を読んでいたのか、ナムールは一瞬のサイドステップで攻撃を躱した。


 なんとか鋼の斧を構えようとするハイダン。しかし次の瞬間にはナムールの剣が眼前に迫っていた。


 ズバンッ–––––––––––!(必殺の一撃!)


「あ–––––––」


 肩口から袈裟斬りに斬りつけられたハイダンは大量の血を吹き出し、それ以上の声を上げる事は出来ないまま床に倒れた。


 キルソード…細身に作られた剣だからこそ可能な、超高速かつ正確無比な一撃は容易に相手に死をもたらす。


 ハイダンの絶命を確認したナムールは、涼しい顔でアジト内に目ぼしいものが無いか物色し始めた–––––。


------------------------------------------------------

[あとがき]

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!ナムールとハイダンの戦闘はもっとあっさり終わる予定が、割と長引いたせいで3-8まで続きます((((´Д` ))))


 もし物語が面白かった・続きが気になるという方は♡や⭐︎と作品・作者のフォロー、また感想をいただけるとありがたいです( *・ω・)*_ _))

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る