追憶の音を修理する、静寂のアトリエで~クールな修復師の彼女が、君だけの音を取り戻してくれるまで~【ASMR】【G’sこえけん】

☆ほしい

第1話

(環境音:古い木造の建物が微かに軋む音。遠くで聞こえる振り子時計の音。しん、とした空気感)


(SE:重厚な木製の扉が、軋みながらゆっくりと開く音。カラン、と澄んだドアベルの音が響く)


いらっしゃいませ。

「音の修復アトリエ」へようこそ。

私が、ここの主人の雫です。


(SE:ヒロインが椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。床板の軋む音と、柔らかいスリッパの足音)


ふふ。驚いた顔。

看板、見てきたんでしょう?

『失くした音、修復します』って。

ここは、そういう場所。

あなたが失くしてしまった、大切な音を取り戻すためのアトリエ。


(ヒロインがすぐ近くまで来る。衣擦れの音)


あなたの瞳、何かを探している色をしてる。

ずっと、心のどこかで。

……大丈夫。ここへ辿り着いたということは、その音はまだ、あなたの心の中で消えずに響いている証拠だから。


さ、こちらへどうぞ。

外は、少し冷えてきたでしょう。

暖かいお茶でも淹れますから。


(SE:ヒロインが先に立って、アトリエの奥へと歩いていく。スリッパの足音。少し離れた場所から、棚の扉を開ける音、陶器のカップを取り出す音)


見ての通り、少し散らかっているけれど。

古い道具ばかりで、埃っぽいかもしれない。

でも、この子たち一つひとつに、たくさんの人の思い出が詰まってるの。

……ああ、ごめんなさい。つい、語ってしまった。


(SE:こちらへ戻ってくる足音。テーブルの上に、ソーサーとカップが置かれる音。コツ、と軽い音)


どうぞ、お掛けになって。

その椅子、見た目は古いけど、座り心地は悪くないはずだから。


(SE:革張りの古いソファが、体重を受けて静かに沈む音。ギシ…)


……うん。いい音。

あなたがこのアトリエに持ち込んでくれた、最初の音ね。

さて。

あなたの話を、聞かせてもらえるかしら。

あなたが取り戻したい『音』の話を。


***


(環境音:先ほどよりも静か。遠くの時計の音だけが響いている。すぐ近くで、ヒロインの穏やかな呼吸音が聞こえる)


(SE:ヒロインが隣の椅子に座る音。コツン、と木の椅子が床に触れる音。紙のページをめくる音。サラサラ…)


ありがとう。話してくれて。

……なるほど。

幼い頃に、大切にしていたもの。

でも、それが何だったのか、どんな音がしたのか、今はもう思い出せない。

ただ、温かくて、キラキラしていて……聞いていると、胸のあたりがぽかぽかするような、そんな音だった、と。


(SE:万年筆のキャップを外す音。カリカリと、紙の上に文字を綴る音)


大丈夫。

そういう依頼は、少なくないから。

記憶っていうのは、とても繊細な硝子細工みたいなもの。

ちょっとした衝撃で、ひびが入ったり、欠けてしまったりする。

でも、欠片さえ残っていれば……修復は、可能よ。


(右耳、すぐ側で、囁くように)


あなたの心の中には、まだ、その音の欠片が残っている。

だから、あなたはここへ来た。

……私が、必ず見つけ出してあげる。


(SE:万年筆を置く音。コツ)


少し、準備をさせて。

あなたは、楽にしていて。

目を閉じていても、開けていても、どちらでも構わないわ。

ただ、あなたの心が一番、落ち着くように。


(SE:ヒロインが立ち上がり、アトリエの奥にある棚へ向かう足音。ガラスの扉が開く音。キィ…。中から、いくつかの小さな金属製の道具を取り出す音。カチャ、カチャ…)


これから、あなたの記憶の中へ、ほんの少しだけ、お邪魔します。

痛いことや、怖いことは何もないから。

安心して、私に身を委ねて。


(ヒロインが戻ってくる。手には、銀色のトレイ。その上に、音叉のようなものや、小さなガラス瓶がいくつか乗っている。トレイをテーブルに置く音。コトン)


(左耳、吐息が感じられる距離で)


じゃあ……始めるわね。

あなたの『追憶の音』を、探しにいきましょう。


***


(環境音:静寂。意識が内側に向くような、集中した空気)


(SE:金属製の音叉が、軽く打ち鳴らされる音。キィーン……と、清らかで長い音が空間に響き渡り、ゆっくりと消えていく)


まずは、あなたの心の周波数に、アトリエの空気を合わせます。

……うん。大丈夫。

あなたの心は、とても素直な音を立てている。

緊張しているけれど、同時に、強い期待も感じられる。


(右耳のすぐ側で、指先が髪をそっと梳くような音。サワサワ…)


少し、失礼。

あなたの記憶の通り道は、この辺りかしら。

耳の、すぐ後ろ。

ここは、たくさんの音が記憶として刻まれる場所。


(SE:ヒロインの指先が、耳の周りを優しくなぞる音。ごく微かな衣擦れと、皮膚が触れるか触れないかの繊細な音)


……ここね。

少しだけ、他の場所より温かい。

ここに、あなたの失くした音の欠片が眠っている。


(左耳へ移動。囁き声で)


今から、この欠片を、そっと取り出します。

眠っている赤ちゃんを起こさないように、優しく、優しく。


(SE:小さなガラス瓶の蓋を開ける音。コルクがポン、と抜ける軽い音。瓶の中から、サラサラと光の粒のようなものが零れ落ちる音。幻想的で、微かな鈴の音にも似ている)


これは、『記憶の砂』。

この砂が、あなたの心に残った音の残響にだけ、反応するの。


(右耳の側で、その砂をそっと吹きかけるような、微かな息遣い。フゥー…)


(SE:キラキラと、砂が耳元で舞うような、繊細で美しい音。シャラララ…)


……見えた。

とても、小さな光。

色褪せて、弱々しいけれど……確かに、光ってる。

これが、あなたの宝物ね。


(SE:ピンセットのような、ごく細い金属の道具で、その光をそっと摘み上げる音。チリ、と微かな音がする)


捕まえた。

大丈夫、もう離さないから。


(SE:光を、別の小さな水晶の小瓶に入れる音。カラン。蓋を閉める音。コツ)


ふぅ……。

これで、第一段階は終わり。

お疲れ様。

少し、休んでいて。

ここからは、私の仕事だから。

この小さな光を……元の美しい音に戻す作業を、始めます。


***


(環境音:アトリエの作業台の周り。様々な道具が置かれている。リスナーは少し離れたソファから、その様子を眺めている設定)


(ヒロインの声は、少し離れた場所から聞こえる。集中しているため、独り言のようにも聞こえる)


さてと……。

ここからが、本番ね。

まずは、この子の状態を詳しく見てみましょう。


(SE:水晶の小瓶を、顕微鏡のような機械の台座にセットする音。カチャ。機械のスイッチを入れる音。ウィーン、と静かなモーター音。ダイヤルを回す音。カリ、カリ…)


……なるほど。

かなり長い間、心の奥に眠っていたみたい。

表面に、記憶の埃がたくさん付着しているわ。

このままじゃ、本来の音は鳴らせない。

まずは、クリーニングからね。


(SE:棚から、柔らかい毛でできた小さなブラシを取り出す音。引き出しを開け閉めする音。続いて、そのブラシで、小瓶の中の光の表面を優しく払う音。サラサラ、サラサラ…と、心地よい音が続く)


よしよし。綺麗になっていく。

この埃は、悲しい記憶や、寂しい気持ちが積もってできたもの。

一つひとつ、丁寧に取り除いてあげないと。

……焦っちゃだめ。優しく、優しく。


(SE:ブラシを置く音。次に、スポイトで液体を吸い上げる音。ピュポ。その液体を、別のシャーレに一滴落とす音。ポチャン)


これは、『月光の雫』。

音の傷を癒す、特別な洗浄液。

これを、ほんの少しだけ。


(SE:スポイトの先端から、光の粒へ、一滴だけ液体を垂らす音。チリリ…と、光が微かに反応する音)


うん、いい感じ。

傷が、少しずつ塞がっていく。

……あ、ちょっと待って。

ここの部分、かなり深い傷があるわ。

無理に治そうとすると、かえって壊れてしまうかも。


(少し困ったような、小さなため息。フゥ…)


どうしようかな……。

こういう時は、もっと繊細なアプローチが必要。

……そうだ。あれを使いましょう。


(SE:作業台の奥にある、オルゴールのような形をした古い木箱を開ける音。ギィ…。中から、細い銀色の糸巻きを取り出す音)


これは、『響きの糸』。

音と音の、途切れてしまった繋がりを、結び直してくれる魔法の糸。

これを、あの傷に……。


(SE:ピンセットで、極細の糸を慎重に扱う音。カチ、カチ。集中した息遣い。糸を傷口に当て、結んでいくような、ごく微かな音。キュ、キュ…)


……よし。これで、大丈夫。

あとは、この子が本来持っていた輝きを、もう一度与えてあげるだけ。


(SE:古いレコードプレーヤーに、レコードを乗せる音。アームを動かし、針を落とす音。サー…プチプチ…というノイズの後、静かで優しいピアノのメロディが、微かに流れ始める)


これは、『調律の音楽』。

眠っている音に、正しい響き方を思い出させるための音楽。

この音楽を、しばらく聞かせてあげましょう。

……あなたも、聞こえる?

このピアノの音。

あなたの心も、この音と一緒に、少しずつ調律されていく。


(しばらく、ピアノの音と、ヒロインの穏やかな呼吸音だけが続く)


……そろそろ、いいかな。

見て。

あんなに小さくて、色褪せていた光が……こんなに、大きく、暖かく輝いている。

修復は、完了よ。

あとは、これをあなたの心に、もう一度戻すだけ。


***


(環境音:静寂。期待に満ちた空気。ヒロインが、再びリスナーのすぐ側に戻ってくる)


(SE:水晶の小瓶を、そっと手に取る音。ヒロインが、リスナーの隣に座る音。ソファが静かに軋む)


お待たせ。

見て。こんなに綺麗になった。


(右耳のすぐ側で、囁くように)


綺麗でしょう?

これが、あなたの失くしていた音の、本当の姿。

……これから、この音を、あなたに返すわ。

心の準備は、いい?


(SE:小瓶の蓋を開ける音。ポン、と優しい音。中から、修復された光が、ふわりと浮かび上がる。キラキラと輝きながら、ゆっくりとリスナーの胸のあたりに吸い込まれていくような、幻想的な効果音)


(SE:(修復された音源) 静かで、澄み切ったオルゴールのメロディが、両耳から包み込むように、優しく響き渡る。どこか懐かしく、温かい音色。メロディは、ゆっくりと一周し、美しい余韻を残して消えていく)


(数秒の、完全な沈黙。共有する時間)


……よかった。

(心からの安堵と、喜びが混じった、震える声で)

……ちゃんと、元に戻った。

美しく、響いてる。


(左耳、優しく、温かい声で)


思い出した?

それが、あなたの宝物。

お母さんが、あなたが小さい頃、毎晩聞かせてくれたオルゴールの音。

病気で寝込んでいたあなたの枕元で、ずっと、ずっと、鳴らしてくれていた。

『早く元気になりますように』って、祈りを込めて。


……あなたは、その記憶を、辛い思い出と一緒に、心の奥に閉じ込めてしまっていたの。

でも、音はずっと、あなたの中で生きていた。

あなたが、思い出してくれるのを、ずっと待ってた。


(SE:ヒロインが、そっとリスナーの頭を撫でる音。よし、よし、という優しい手つき。衣擦れの音)


もう大丈夫。

もう、忘れたりしない。

この音は、これからはずっと、あなたを守ってくれるから。

辛い時、寂しい時、この音を思い出して。

そうすれば、あなたは一人じゃないって、わかるはず。


……ふふ。

涙、出ちゃった?

いいのよ、我慢しなくて。

それは、悲しい涙じゃない。

温かい、優しい涙だから。


(SE:ハンカチを取り出す音。サッ。そのハンカチで、優しく涙を拭う音)


お疲れ様。

本当に、よく頑張ったわね。


***


(環境音:アトリエの穏やかな空気。遠くの時計の音。先ほどよりも、空気が温かく感じられる)


(SE:少し離れた場所で、お湯を沸かす音。やがて、ポットからカップにお湯を注ぐ音。トポトポ…。茶葉が開くのを待つ、静かな時間)


さっきとは違うお茶を淹れるわ。

これは、カモミールティー。

心を落ち着かせる、魔法のお茶。

……なんてね。ただのハーブティーよ。

でも、今のあなたには、きっと、これが一番だから。


(SE:ヒロインが、カップを二つ、トレイに乗せて運んでくる足音。テーブルに置く音。コトン)


どうぞ。

熱いから、気をつけて。


(SE:陶器のカップを手に取る音。湯気が立ち上るのが見えるような、温かい雰囲気)


……なんだか、私のほうが、緊張しちゃった。

修復は、いつだって真剣勝負だから。

一つ間違えれば、大切な思い出を、永遠に壊してしまう可能性だってある。

だから……無事に終わると、いつも、体の力が抜けちゃうの。


(右耳、少し照れたような、小さな声で)


……ありがとう、って。

そんな、顔しないで。

私は、私の仕事をしただけだから。

でも……そうね。

あなたのその顔が見られたから、頑張った甲斐があったかな。


(SE:ヒロインが、自分のカップを一口飲む音。ふぅ、と息をつく音)


このアトリエはね、私の祖母から受け継いだものなの。

祖母も、こうして、たくさんの人の音を修復してきた。

私は、そんな祖母の背中を見て育ったから。

……この仕事、好きなの。

誰かの心の一番柔らかい場所に、そっと触れて、温めることができる。

こんなに素敵な仕事、他にないでしょう?


(左耳、悪戯っぽく、囁くように)


……だから、もし、また失くしものをしたら。

いつでも、ここへいらっしゃい。

音じゃなくても、いいわ。

温かい記憶でも、優しい言葉でも。

私にできることなら、なんだって、探してあげる。


……ふふ。約束よ。


(SE:遠くの時計が、優しい音色で時を告げる。ボーン、ボーン…)


もう、こんな時間。

外は、すっかり暗くなってしまったわね。

名残惜しいけど、今日は、ここまでにしましょう。


(SE:立ち上がる音。椅子が軋む音)


気をつけて、帰ってね。

あなたの足取りは、来た時よりも、ずっと軽やかだから。

きっと、もう迷わない。


(SE:玄関の扉まで、一緒に歩いていく足音)


それじゃあ……また。

いつでも、待ってるから。

あなたの心に、優しい音色が、いつも響いていますように。


(SE:重い木製の扉が開く音。カラン、とドアベルが、来た時よりも温かい音色で響く。扉がゆっくりと閉まり、アトリエの静寂が戻ってくる)


***


(環境音:しとしとと窓を打つ、柔らかい雨音。アトリエの中は静かで、遠くの振り子時計の音だけが聞こえる)


(SE:重厚な木製の扉が、軋みながらゆっくりと開く音。カラン、と澄んだドアベルの音が、雨音に混じって響く)


……あら。

いらっしゃい。

その音は……ふふ。覚えてる。

あなたね。


(SE:ヒロインが椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。床板の軋む音と、柔らかいスリッパの足音。前回よりも、少しだけ軽やかな足取り)


どうぞ、中へ。

外はすっかり濡れてしまったでしょう。

タオル、持ってくるから、そこで少し待っていて。


(SE:ヒロインがアトリエの奥へ行き、棚から柔らかいタオルを取り出す音。こちらへ戻ってくる足音)


はい、これを使って。

髪も、服も、雨に濡れてる。

風邪を引いてしまうわ。


(SE:タオルを受け取る。柔らかく、清潔な香りがする。ヒロインがすぐ近くに立ち、こちらの様子を窺っている。微かな衣擦れの音)


……よかった。

また、会えて。

あの後、どうしていたのかしらって、時々、考えていたから。

あなたの心の中で、あのオルゴールの音は、ちゃんと響いてる?


……そう。よかった。

その顔を見れば、わかるわ。

とても、穏やかで、優しい顔をしてる。


(右耳、すぐ側で、囁くように)

それで、今日はどうしたの?

また、何か失くしもの?

それとも……。


(SE:リスナーが首を横に振る気配)


ふふ。違うのね。

じゃあ、私に会いに来てくれた、ってことかしら。

……なんて。自惚れすぎね。ごめんなさい。


でも、嬉しい。

また、このアトリエに来てくれて。

さ、奥へどうぞ。

今日は、少し珍しいお茶があるの。

雨の日に飲むと、心が晴れるような、不思議なお茶。


(SE:ヒロインが先に立って、アトリエの奥へと歩いていく。スリッパの足音。雨音と時計の音が、静かに続いている)


***


(環境音:雨音。時折、雫が作業する物音が加わる。穏やかで、集中した空気)


(SE:ポットからお湯が注がれる音。トポトポ…。カップの中で、花びらのような茶葉がゆっくりと開いていくのが見えるような、繊細な音)


はい、どうぞ。

『雨上がりの紅茶』っていうの。

ベルガモットと、矢車菊の花びらが入ってる。

目を閉じると、雨上がりの庭の香りがするでしょう?


(SE:テーブルの上に、ソーサーとカップが置かれる音。コツ、と軽い音。ヒロインも向かいの椅子に座る)


……私は、これから少し、仕事の続きをしないといけないの。

他の依頼人から預かっている、大切な音たち。

ここに居てくれるのは、とても嬉しいけれど……退屈させてしまったら、ごめんなさい。

私の仕事、見ていても、あまり面白いものではないかもしれないから。


(SE:リスナーが大丈夫だと頷く気配)


……ありがとう。

じゃあ、お言葉に甘えて。

何かあったら、いつでも声をかけて。


(SE:ヒロインが立ち上がり、アトリエの中央にある大きな作業台へ向かう。椅子を引く音。作業台の上には、様々な道具や、修理を待つ品々が並べられている)


(ヒロインの声は、少し離れた場所から聞こえる。作業に集中しているため、時折、独り言のようになる)


まずは、この子からね。

これは、古いカセットテープ。

持ち主が、若い頃に恋人と一緒に録音した、ラジオ番組の音源なんですって。

でも、もう何十年も聞いていなかったから、テープが伸びてしまって、音がふにゃふにゃになってる。


(SE:古いカセットデッキに、テープを入れる音。ガチャン。再生ボタンを押す音。ウィーン、ジー…というモーター音の後、伸びてしまった、不明瞭な音声と音楽が流れる)


……ひどい状態ね。

これを、元の正しい速さに戻していくの。

まずは、テープの物理的な修復から。

専用の溶剤で、テープの表面を綺麗にして、絡まりを解いて……。


(SE:小さな瓶の蓋を開ける音。液体を柔らかい布に染み込ませる音。テープをゆっくりと引き出し、その布で優しく拭いていく、繊細な作業音。シュッ、シュッ…)


とても、根気のいる作業。

少しでも力を入れすぎると、テープが切れて、思い出が永遠に失われてしまうから。

……息を、止めて。

そっと、優しく。


(しばらく、繊細な作業音だけが続く)


……よし。

物理的な修復は、これで大丈夫そうね。

次は、デジタルデータに取り込んで、音の波形を調整していく。


(SE:カセットデッキとコンピューターを繋ぐケーブルの音。コンピューターの起動音。マウスのクリック音。カチ、カチ。録音開始のボタンを押す音)


今、この伸びてしまった音を、一度、コンピューターの中に記録しているの。

……終わったわね。

ここからは、この波形を見ながら、一音一音、元の長さに戻していく。

気の遠くなるような作業よ。

でも、この音の向こう側で、持ち主が待っていると思うと……頑張れるの。


(SE:マウスのクリック音と、キーボードをタイプする音が、リズミカルに続く。時々、調整した短い音声が再生される。少しずつ、元の音に近づいていくのがわかる)


(左耳の方から、ふと声がする。ヒロインが、いつの間にかすぐ側に来て、覗き込んでいる)


……ふふ。

真剣な顔で、見てたわね。

面白い?こういうの。


そう。なら、よかった。

……ねえ。

少し、休憩しない?

ずっと同じ姿勢でいると、体も、心も、凝り固まってしまうから。

あなたに見せたいものが、あるの。


(SE:ヒロインが手を差し伸べる気配。その手を取って、立ち上がる)


こっちへ来て。

アトリエの、もっと奥。

私の、秘密の場所に、案内してあげる。


***


(環境音:アトリエの奥の部屋。先ほどよりも、さらに静か。雨音も遠くに聞こえる。埃と、古い木の香りが濃くなる)


(SE:少し重い扉を開ける音。ギィ…。二人分の足音が、静かな部屋に響く。中央に置かれた、白い布がかけられた何かがある)


ここは、私のための場所。

どうしても修復が難しい子たちと、向き合うための部屋。

……見て。


(SE:ヒロインが、白い布をそっと持ち上げる音。サラリ。現れたのは、ガラスと銀細工でできた、息をのむほど美しいオルゴール。しかし、どこか寂しげに見える)


綺麗でしょう?

百年以上も前に作られた、一点物。

でも、このオルゴールは、もう鳴らないの。

壊れている、というのとは、少し違う。


(右耳、すぐ側で、悲しげな声で)

この子は、音そのものを、失くしてしまったの。

心臓である、櫛歯もシリンダーも、すべてが完璧な状態。

でも、そこに刻まれるべきメロディが、時の流れの中で、完全に消えてしまった。

設計図も残っていない。

どんな曲を奏でていたのか、誰も知らない。


(SE:ヒロインが、オルゴールの蓋をそっと開ける音。カチャ。中を指で優しくなぞる音。衣擦れの音)


持ち主の方は、もうご高齢で。

これは、その方のお母様の、形見なんですって。

『どんな曲でもいい。新しい命を吹き込んで、もう一度、この子の音を聞かせてほしい』

……そう、私に託してくれた。


でも、私には、できないの。

どんなメロディを、この子に与えればいいのか、わからない。

持ち主の心を慰めるような、温かいメロディ。

この美しい姿に相応しい、気高いメロディ。

考えれば考えるほど、指が動かなくなってしまう。


(小さなため息。フゥ…)


私は、音の修復師。

失われた音を取り戻すのが、仕事。

……でも、無から音を創り出すことは、私の専門じゃない。

もう、一ヶ月も、この子の前で、こうして悩んでいるだけ。


(左耳、吐息が混じる声で)

ごめんなさい。

こんな、弱音みたいな話を聞かせてしまって。

あなたを、困らせたかったわけじゃ……。


(SE:リスナーが、オルゴールにそっと触れる気配)


……!

(少し驚いたような、息を飲む音)


……優しいのね、あなたは。

この子の、寂しさがわかるの?

音がなくて、ただここに佇むことしかできない、この子の心が。


……そう。

そうよね。

この子も、きっと、鳴りたいはずよね。

誰かのために、美しい音を響かせたいって、思ってるはず。


(何かを決意したような、凛とした声に変わる)

……ねえ。

お願いがあるの。

突拍子もないことを言うって、わかってる。

でも……あなたにしか、頼めない。


私と一緒に、この子のための音を、創ってくれませんか?

あなたと、私。

二人で、この子のための、世界でたった一つのメロディを。


***


(環境音:再び、アトリエの作業台。雨は、いつの間にか小降りになっている。期待と、少しの緊張感が混じった空気)


(SE:ヒロインが、作業台の引き出しから、ベルベットの布に包まれたものを取り出す音。布を広げると、虹色に輝く、ガラスでできた小さな鍵盤が現れる)


これは、『音のスケッチブック』。

心に浮かんだイメージを、直接、音の欠片に変えることができる道具。

普通の楽器とは、少し違うわ。

技術や知識は、必要ないの。

大切なのは、どんな音を奏でたいか、っていう気持ちだけ。


(右耳、すぐ側で、優しく教えるように)

さあ、ここに座って。

怖がらなくて大丈夫。

私が、隣にいるから。

あなたの指を、そっと、この鍵盤の上に乗せてみて。


(SE:リスナーが椅子に座る音。ヒロインが、その手を優しく取る。指先が触れ合う、微かな音。ガラスの鍵盤に指が触れる)


(SE:ポロン…と、水滴が水面に落ちたような、透明で美しい音が響く。音は、光の粒となって、鍵盤からふわりと浮かび上がる)


……綺麗。

すごく、素直で、優しい音。

それが、あなたの心の色なのね。

じゃあ、次は私。


(SE:ヒロインが、隣の鍵盤に指を置く。ポロロン…と、先ほどの音に寄り添うような、少しだけ複雑で、温かい和音が響く。二つの光の粒が、ゆっくりと惹かれ合うように、空中で混じり合う)


ふふ。

なんだか、会話しているみたいね。

音と、音で。


もっと、続けてみましょう。

あなたが感じたままに、好きな鍵盤を、好きなように弾いてみて。

私が、その音に、物語を編んでいくから。


(SE:リスナーが、いくつかの鍵盤を弾く音。ポロン、ポロ、ポロン…。一つひとつは拙いかもしれないが、純粋な響きを持つ音。それに応えるように、雫が和音やアルペジオを重ねていく。次第に、一つのメロディの断片が生まれ始める。ガラスの鍵盤が奏でる、幻想的で心地よい音が、アトリエに満ちていく)


(左耳、楽しそうな囁き声で)

……うん、いい感じ。

そこの音、すごく好き。

もう少し、長く響かせてみて。

そう、そう。

……じゃあ、私は、ここに、少しだけ切ない響きを足してみる。

光と、影みたいに。


(SE:メロディが、少しずつ形を成していく。単純な音の羅列から、感情を持つ音楽へと変化していく過程)


すごい……。

あなたが弾く音は、まるで、生まれたての赤ちゃんのよう。

何の迷いもなくて、ただ、ここにいることを喜んでいる。

私の音は、それに寄り添う、子守唄のようね。


(右耳、息遣いが感じられる距離で)

……楽しい。

私、こんな気持ち、初めて。

誰かと一緒に、音を創るのが、こんなに……心が、温かくなるなんて。

いつも、一人で、過去の音と向き合ってきたから。

未来の音を、誰かと一緒に創るなんて、考えたこともなかった。

あなたのおかげ。

ありがとう。


(SE:メロディが、クライマックスに達し、そして、静かに終わる。美しい余韻が、部屋に残る。浮かんでいた光の粒が、一つにまとまり、優しく輝いている)


……できた。

これが、あのオルゴールのための、新しいメロディ。

あなたの優しさと、私の祈り。

二人の心が、一つになった音。


***


(環境音:静寂。完成したメロディの光が、目の前で穏やかに輝いている。達成感と、優しい空気が二人を包む)


(SE:雫が、その光の玉を、そっと両手で包み込むようにすくい上げる。微かに、シャララ…と音がする)


……温かい。

生まれたばかりの、命のようね。

これを、あの子の心に、届けてあげましょう。


(SE:雫が立ち上がり、オルゴールが置かれている奥の部屋へと向かう。リスナーも、その後ろをついていく。二人分の足音)


(SE:雫が、オルゴールの隣に置かれた、少し古めかしい、水晶と真鍮でできた機械のスイッチを入れる音。ウィーン…と、静かで穏やかなモーター音が響き始める)


これは、『音色の織機』。

メロディという魂を、オルゴールという身体に定着させるための、特別な機械。

祖母の代から、ずっと、このアトリエにあるの。


(SE:雫が、機械の上部にあるガラスのドームを開ける音。カパッ。その中に、先ほどの光の玉を、そっと置く。ドームを閉じる音)


今から、この光を、音の結晶に変えます。

オルゴールの櫛歯が、永遠に記憶できる形に。

少しだけ、眩しいかもしれないから、気をつけて。


(SE:雫が、機械のレバーをゆっくりと下ろす音。ガコン。機械の駆動音が、少しずつ大きくなる。ブーン…。ガラスのドームの中が、強い光で満たされる。キラキラと、プリズムが乱反射するような、美しい効果音)


(右耳、興奮を抑えた囁き声で)

見て……。

光が、集まっていく。

私たちのメロディが、形を持っていくわ。

なんて、綺麗……。


(SE:機械の音が最高潮に達し、やがて、静かに収まっていく。ウィーン…。光が収束し、後には、小さな宝石のような、虹色の結晶だけが残されている)


……できたわ。

これが、私たちの音の結晶。


(SE:雫が、ピンセットで、その結晶を慎重につまみ上げる。チリ、と微かな音。オルゴールの蓋を開け、その心臓部であるシリンダーの隣に、結晶をそっとはめ込む音。カチリ)


……これで、準備は、終わり。

あとは、この子の、最初の産声を、待つだけ。


(左耳、緊張した、震える声で)

……お願い。

あなたの手で、このゼンマイを巻いてあげて。

この音を、最初に世界に響かせるのは、あなたであってほしいの。

あなたがいなければ、この音は、生まれなかったのだから。


(SE:リスナーが、オルゴールのゼンマイをゆっくりと巻く音。カチ、カチ、カチ…。静寂。息を飲む音。そして…)


(SE:(新しいオルゴールのメロディ) 静かで、優しく、そして、どこか希望に満ちた、美しいオルゴールの音色が、アトリエに響き渡る。それは、二人で紡いだ、世界でたった一つのメロディ。音色は、部屋の隅々まで満たし、雨上がりの光のように、すべてを優しく照らし出す)


……鳴ってる。

あの子が、歌ってる……。

(涙ぐんだ、心からの喜びの声)

……よかった。

本当に、よかった……。

ありがとう。

本当に……ありがとう。


(SE:雫が、感極まって、リスナーの肩にそっと顔をうずめる気配。微かな衣擦れと、小さな、幸せな嗚咽)


***


(環境音:すっかり静かになったアトリエ。窓の外は、雨も上がり、穏やかな夜が訪れている。遠くの時計の音と、完成したオルゴールの余韻が、優しく響いている)


(SE:雫が、淹れたてのハーブティーをカップに注ぐ音。トポトポ…。湯気が立ち上る、温かい音)


ふふ……。

なんだか、夢みたい。

あんなに悩んでいたのが、嘘のよう。

あのオルゴール、明日の朝、持ち主の方に届けてくるわ。

きっと、喜んでくれる。

ううん、絶対に、喜んでくれるわ。

だって、あんなに、優しい音がするんだもの。


(SE:テーブルにカップを置く音。コツ。雫が、隣の椅子に、前よりもずっと近い距離で座る)


……これも、あなたのおかげ。

本当に、なんてお礼を言ったらいいか……。


(右耳、少し照れたような、小さな声で)

……そうだ。

これ、受け取ってくれる?


(SE:雫が、小さなベルベットの袋から、水晶でできた小さな小瓶を取り出す音。サラサラ…。その中には、先ほどの音の結晶と同じ、虹色に輝く小さな粒が入っている)


今日の記念。

あのオルゴールのメロディを、少しだけ、この小瓶に閉じ込めたの。

これは、私たちの音。

あなたと私が、初めて一緒に創った、宝物。

持っていてほしいの。


(SE:その小瓶を、そっと手渡される。ひんやりとしていて、滑らか。振ると、チリリ…と、小さな鈴のような音がする)


疲れたでしょう?

ごめんなさい、長い時間、付き合わせてしまって。

でも、私は……すごく、楽しかった。

胸が、こんなに、ぽかぽかしてる。


(左耳、悪戯っぽく、でも真剣な声で)

……ねえ。

また、ここへ来てくれる?

いつでも、って言ったけど……できれば、もっと、頻繁に。

音の修復がなくても、ただ、お茶を飲みに来るだけでもいい。

あなたの顔が見たいの。

あなたと、話をしたい。

ううん、話さなくてもいい。

ただ、同じ空気を吸って、同じ時間を過ごしたい。


あなたといると、私、今まで知らなかった音を、たくさん見つけられそうな気がするの。

私のこのアトリエが、もっと、色鮮やかな音で満たされていくような……そんな気がする。

だから……これからも、私の隣に、いてくれませんか?


(SE:遠くの時計が、優しい音色で時を告げる。ボーン、ボーン…)


もう、こんな時間。

夜道は、危ないから。

今日は、もう、お帰りの時間ね。

名残惜しいな……。


(SE:二人で立ち上がり、玄関の扉まで、ゆっくりと歩いていく足音。来た時よりも、二人の距離は、ずっと近い)


気をつけて、帰ってね。

その小瓶、なくさないでね。

私たちの、約束の証だから。


それじゃあ……また。

明日でも、明後日でも。

いつでも、待ってるから。

あなたの心に、優しい音色が、いつも響いていますように。


(SE:重い木製の扉が開く音。カラン、とドアベルが、来た時よりも、ずっと温かく、そして、どこか嬉しそうに響く。扉がゆっくりと閉まり、アトリエの静寂が戻ってくる。しかし、その静寂は、もう寂しいものではなく、確かな温もりと、未来への期待に満ちている)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追憶の音を修理する、静寂のアトリエで~クールな修復師の彼女が、君だけの音を取り戻してくれるまで~【ASMR】【G’sこえけん】 ☆ほしい @patvessel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画