第2話 夕暮れ

再び静寂が訪れる。


思わず顔が熱くなったのを感じるが、それより鼓動がうるさく目の前がクラクラする。

ドクドクな血液を送り続ける心臓にうるさい、黙れと心の中で唱えるがいっこうに鎮まらない。


——綺麗だ。


なぜそんなことを言ってしまったのか。自責の念に駆られて穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


「・・・ありがとう。」


か細い声が聞こえた。

潮の香りと共に透き通った言葉が風に運ばれてきた。


恐る恐る顔を見ると、やはり顔は下に隠したままだった。

もう直ぐ沈んで消える夕陽が今日の終わりを告げる。

気温は随分と下がっていたはずなのに、日中より身体は火照っているようだった。


半分ほど隠れてしまった夕陽を見ながら彼女もベンチに腰掛けた。

何か言葉を探すが、適当な言葉は今この瞬間に会話まで昇華することができず、話かけることができない。


「ねぇ。」


彼女は夕陽を横目に語る。


「この場所は素敵なところね。」

「・・・あぁ、そうだ・・よ・・・。」


言葉を飲み込んだ。

綺麗な彼女の顔はどこか寂しいそうに感じたためだ。

気のせいかもしれない。夕陽のせいでそう見えただけかも。

そう思ってもう一度、顔を見たが、彼女からはさきほどの表情は消えており、ニコっと微笑んでいた。


「じゃね。」

「じゃね?」


なんだ「じゃね」って?

首を傾げていると彼女が慌ててしゃべる。


「あれ?だよねって意味じゃないの?じゃねって?」

「あぁ、確かにそれで合っとるけど、この場合は”じゃなぁ”って言うかな。」


なるほど。そういう風に口パクしながら手を叩く。

真ん丸になった瞳は、綺麗な二重の中で大きく丸になっていた。


「難しいね、岡山弁って。」

「なんかなぁ、他を知らんけんわからんなぁ。えっとアナタはここら辺の人じゃないんですかね?」


無理やり使い慣れない敬語を使ったため不自然な日本語になってしまった。

頭をポリポリと掻きながら、挙動不審に尋ねる。


「私はこの辺の生まれじゃないの。だから岡山弁って不慣れで少し難しいかな。」


そう微笑みながら言うと彼女は空を見上げた。

つられて空を見上げると同時に彼女は間髪を入れずに話し続けた。


「最初は強い表現の話し方だなって思っていたけど、慣れてきたら感情表現がストレートな感じで、少し気にいってるの。」

「そうなんかな・・・。」

「うん。標準的な言葉と違って、もう少しだけ感情をエッセンスして、それからもうちょっと話やすく砕いた感じかな。」


言われてみればそうかもしれないと思い静かにうなづいた。

他県の人でも岡山県内で標準語を話す人はあまりいない。

広島は似たような方言で、兵庫は関西弁だからで、方言に挟まれているからだ。

こういった観点の話はものすごく新鮮だった。


「だからさ、ちょっとは話せるようになりたいなって思って、ちょこーとだけ練習したりしてるんだよ?」


ニコって笑って彼女は答える。

練習した割に間違えているのだがというツッコミは置いといて、この距離で見る彼女は、より綺麗さが鮮明になっていて、ドキドキした。


「あ、そろそろ時間だから。私帰るね。」

「あ、うん。」


彼女は立ち上がり、パサパサと仕立ての良いスカートの裾を直した。


「私、優奈ゆうな。あなたは?」


突然の自己紹介に驚きつつ、急いで立ち上がった。

なぜか動きが固いまま自己紹介する。


「おれ、優人ゆうと。」


この地元に住んでいたら小中学校は同じメンツで過ごすことになるため、滅多に

自己紹介をすることがない。

あまりに久しぶりの自己紹介ということもあって緊張してしまった。


「ふふ、ゆうと君。またね。」


「あ、また今度。」


ひらひらと小さく振るバイバイがとても品があり、思わずこちらも小さく手を振った。

すっかりと夜に近づいた公園で、彼女が小さくなるまで見つめていた。


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涼夏 成瀬なるのすけ @naruse_narunosuke

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