第30話 秘境の温泉地とトラブルメイカー -1

_______________________________

1. 温泉地の権利書とアリスの宣伝歌

_______________________________


冒険者ギルドの受付カウンター。エルザは、にこやかにフィーネたちを呼び寄せた。その手には、一枚の古びた権利書が握られている。


「皆さま。この度、わたくしが安く手に入れた温泉地の権利書がございますの」

「温泉地、ですか?」

「はい。つきましては、この地を開発し、新たな観光地として盛り上げていただきたく、ご依頼申し上げますわ」

「温泉地開発!?」


フィーネの目が輝いた。脳内で莫大な利益計算が始まる。


「エルザさん、喜んでお引き受けいたします!このフィーネ、必ずや大成功させてみせます!」

「ふふ、頼もしいですわね。そして、アリス様」

「へへん、あたしの出番か?」

「ええ。アリス様の歌声で、この温泉地を宣伝していただきたく思いますの」

「おお!温泉地でライブか!最高のステージになりそうだぜ!」

「アリスさん!歌はまだです!」


アリスはリュートをかき鳴らし、早くも宣伝歌を歌い始める勢いだ。フィーネが慌てて釘を刺す。ルナは心配そうに、温泉地の地図を眺めていた。


「ひっ……たくさんの……観光客が……情報過多……」

「ルナさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です……」


リリアは腕を組み、呆れたように呟く。


「フン、温泉なんて、どうせ堅苦しい社交の場になるんでしょう?……でも、まあ、たまには静かに湯に浸かるのも悪くないかもしれないわね。それに、もしこれで父上の小言が減るなら、協力してあげなくもないわ」

「リリア様、そんなこと言わないでください」


セラは、温泉地の効能に関する古文書を熱心に読み込んでいる。


「この魔装具を使えば、温泉の効能を最大限に引き出せますね!実験のしがいがあります!」

「セラちゃん、暴走させないでくださいね!」


フィーネの胃は、すでにキリキリと痛み始めていた。しかし、温泉地開発という新たな獲物を前に、その痛みさえも甘美な刺激に変わるのだった。





_______________________________

2. 作戦会議とフィーネの完璧な計画

_______________________________


フィーネの錬金工房は、再びホワイトボードが占拠された。今度は温泉地の見取り図と、開発計画の予想図、そして「完璧な観光地開発計画」と書かれた文字が乱雑に貼り付けられている。


フィーネは、マーカーを手に、熱心に開発計画を説明していた。


「というわけで、今回の温泉地開発は、莫大な利益を独占し、私の商会の名を轟かせることが最重要目標です!」

「わっかりました~!」

「報酬は破格ですし、これを機に私の事業が飛躍的に拡大すれば、莫大な利益が……ぐふふ」

「おお、いいじゃん!あたしも乗ったぜ!ついでに温泉でライブやって、お客さんをあたしの歌で魅了して、裏口入湯ならぬ裏口入居も狙っちゃうか!へへん!」

「アリスさん!?」

「フィーネ、顔が怖いですよ」


ルナが小声で指摘するが、フィーネはアリスの悪ノリに一瞬たじろぎつつも、その「可能性」に目を輝かせた。


「いいですか、フィーネ。今回の依頼は、ギルドの、いえ、わたくしの依頼ですからね!絶対に成功させなさい!」 「ひっ……!エルザさん、鼻息が荒すぎますって!」


「それに、この案件はわたくしが持ってきたものですから、利益の50パーセントはギルドが頂戴いたしますわ」 「ご、50パーセントですって!?そんな、ひどい!」


「ひどくなどございませんわ。むしろ、わたくしが案件を持ってきたのですから、当然の分け前ですわね」


「うう……分かりました……」


フィーネはエルザの気迫に押され、思わず後ずさった。エルザの完璧な笑顔の裏に、獲物を狙う猛獣のような鋭い眼光が宿っている。


「温泉地開発か!面白そうだな!俺も手伝うぜ!」

「アキナちゃん、温泉はぶった斬っちゃダメです!」


アキナが目を輝かせ、リリアは腕を組み、呆れたように呟く。


「まったく、また面倒なことに巻き込まれるわね。開発なんて、私には無縁だわ」

「リリア様、そんなこと言わないでください」


セラは、開発計画図に興味津々だ。


「この魔装具を使えば、温泉の源泉を効率的に掘削できますね!実験のしがいがあります!」

「セラちゃん、暴走させないでくださいね!」


フィーネはエルミナの無表情な顔を見つめる。


「開発地の破壊は禁止ですね。残念です。しかし、効率的な地形改変は許可されるのでしょうか?」

「許可されません!絶対に!」


フィーネはエルミナの言葉に、思わず叫び返した。イリスは、ルナから渡された温泉地の古文書を読み込んでいる。


「ふむ。この温泉地は、古代の魔術的防御機構と深く関連しているわね。観光客の行動原理を分析すれば、開発の手順もより効率的になるはずよ」

「ルナ、何か情報ありますか?」

「えっと……観光客は……とても……好奇心旺盛で……予測不能な……」


ルナは緊張しながら、断片的な情報を口にする。フィーネは、すでに頭を抱えていた。


「わ、分かってます!もう!皆さん、お願いしますから、今回はちゃんと計画通りに動いてくださいね!」


フィーネの叫びは、虚しく錬金工房に響き渡るだけだった。






_______________________________

3. 温泉地開発開始とアリスの歌による混乱

_______________________________


温泉地開発当日。秘境の温泉地は、まだ手つかずの自然に囲まれていた。フィーネは、完璧な計画を胸に、ヒロインたちをそれぞれの持ち場に配置する。だが、その計画は、開始早々に破綻し始めた。


「よし、作戦開始!各自、持ち場について……」

「へへん、みんな張り切ってるねぇ!あたしの歌で、もっと盛り上げてやろうか?」


フィーネの合図を遮るように、アリスがリュートをかき鳴らし、歌い出した。


「アリスさん!歌はまだです!余計な混乱を招かないでください!」

「〜♪秘境の温泉地は今、目覚める〜、歌声響かせ、客を呼べ〜、一攫千金、夢じゃない〜、さあ、みんなで温泉へGO!〜♪」


アリスはフィーネの悲鳴にも構わず、楽しそうに宣伝歌を歌い続ける。その歌声は、秘境の温泉地に響き渡り、周囲の作業員や動物たちが困惑したようにざわめき始める。


「な、なんだあの歌は!?まるで魔物の雄叫びのようだ!」

「温泉地で歌うなんて、非常識だ!」


周囲にいたはずのギルドの作業員たちが、困惑と怒りの表情を浮かべ始める。アリスの歌声に、作業員たちは体がやたらと軽くなり、普段の何倍もの速さで動き回るようになる。


しかし、その動きは制御不能で、互いにぶつかり合ったり、資材をひっくり返したりと、温泉地はさらに騒然となる。


「ぐおおお……!体が勝手に……止まらない……!」

「なんだこれ!すごい力が湧いてくるぜ!でも、明日が怖い……!」


フィーネは、もはや絶望の顔でその場にへたり込んだ。彼女の胃は、すでに限界をはるかに超えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る