第18話 第三王女の突拍子もない依頼 -1

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1. 第三王女ルチアナとの面会

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王都アルテミスにある王宮の謁見室は、普段のギルドとはまるで違う、厳かで清浄な空気に満ちていた。


磨き上げられた大理石の床は、七人のヒロインたちの足音を吸い込み、シャンデリアの輝きが、どこか緊張した面持ちの彼女たちを照らしている。


玉座には、可憐な面立ちの第三王女、ルチアナ姫が座っていた。


「あなたたちが、噂の……げふん。問題児パーティ、いえS級パーティですわね。

 フィーネ様、そして皆さま、この度はわたくしからの呼び出しに応じてくださり、誠に光栄に存じます」

「問題児……?」

「おっほほほほ、めっ、滅相もございません、ルチアナ姫様!

 わたくしはただ、素晴らしい方々をご紹介しただけでございますわ!」


フィーネは最敬礼し、内心ではすでに報酬計算機が高速で回転し始めていた。その瞳は、玉座に座る姫の頭上に、金貨の山を見ているかのようだ。


アキナは、ルチアナ姫の言葉に素直に疑問を口にした。ルチアナ姫は一瞬たじろいだが、すぐに笑顔でごまかすようにフィーネに返した。


「……ひっ……たくさんの……思念……ま、まぶしい……」

「ルナさん!?」


ルナは、王宮という場所の膨大な情報量と、ルチアナ姫から発せられる独特のオーラに圧倒され、全身を震わせながら小声で呟いた。顔色は青ざめ、今にもフリーズしそうになっている。


「ええ、ルナ様には、以前わたくしの能力を鑑定していただいたことがございますものね」


ルチアナ姫は優しく微笑んだ。


「大丈夫ですか、ルナちゃん!?姫様の前ですよ!」

「ご、ごめんなさい……フィーネさん……」

「ったく、これだからコミュ障は……」


フィーネはルナの背中をポンと叩き、リリアが呆れたように呟く。ルナは恐縮しきって、さらに体を小さくした。


「わたくし、実はあなたたちに、個人的な護衛依頼をお願いしたく、参りましたの」

「ほ、護衛……!?」

「はい。報酬は破格でお支払いいたしますわ」

「破格っ!?」


フィーネの目が、再びきらりと輝いた。報酬という言葉は、フィーネの胃の痛みさえ忘れさせる魔法の言葉だった。


「個人的な護衛か。面白そうだな!」

「正義の剣が、姫様をお守りします!」


アキナは興奮気味に剣を構え、意気込んだ。その隣で、イリスが冷静な観察眼を光らせる。


「ふむ。王族からの依頼にしては、随分と個人的な内容ね。何かしら裏があるのでしょうが、興味深いデータが取れそうだわ」

「またデータ、ですか……」


フィーネはイリスの言葉に内心でツッコミを入れるが、今はそれどころではない。


「護衛、ねぇ……堅苦しいのは苦手だわ」

「リリアさんもそう言わず!」

「ですが、姫様からの依頼とあれば、聖女としてお断りするわけにはいきませんね!」


リリアが面倒くさそうに腕を組み、セラは純粋な目で姫を見つめていた。アリスは、こんな場所でどんな歌が歌えるか、リュートを抱えながら思案している。


「ええ、期待しておりますわ。あなたたちの……その『特別な能力』に。

 そして、その『ポンコツ』なやり方にね」


ルチアナ姫は意味深な笑みを浮かべた。フィーネは、その真意を測りかねながらも、報酬の輝きに目を奪われていた。




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2. 作戦会議とフィーネの目論見

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フィーネの錬金工房は、いつも通り混沌としていた。ホワイトボードには、ルチアナ姫の顔写真と、王宮の見取り図、そして「護衛プラン」と書かれた文字が乱雑に貼り付けられている。フィーネは、マーカーを手に、熱心に護衛計画を説明していた。だが、その頭の中は、すでに利益計算でいっぱいだ。


「というわけで、今回の護衛任務は、ルチアナ姫様の身の安全を確保しつつ、王家とのパイプを太くすることが最重要目標です!」

「はいはーい!」

「報酬は破格ですし、これを機に王家御用達の冒険者パーティになれば、莫大な利益が……ぐふふ」

「フィーネ、顔が怖いですよ」


ルナが小声で指摘するが、フィーネは気づかない。アリスが笑いながら、リュートで即興のBGMを奏でる。


「フィーネ。今回の依頼は、ギルドの顔として、わたくしが直接受注したものですわ」

「エルザさん!?」


突然、工房の扉が開き、エルザが紅茶を片手に現れた。その顔には、完璧な笑顔が貼り付いている。


「王家とのコネ作りは、ギルド全体の利益に繋がりますからね。

 あなたたちのあの騒がしさは、くれぐれも勘弁していただきたいものですわ」

「わ、分かってますよ!

 アリスさんにも厳命しましたから!

 絶対に王宮で騒がないようにって!」

「……たぶんね」

「たぶん、じゃ困りますわ」


エルザはにこやかに釘を刺す。アキナは剣の手入れをしながら、真面目な顔で尋ねた。


「護衛ってことは、敵が出てくるのか?」

「悪い奴らがいるなら、正義の剣でぶった斬ってやるぜ!」

「今回は、ぶった斬っちゃダメです、アキナちゃん!あくまで姫様の身の安全確保が最優先!」


フィーネは慌ててアキナを止める。エルミナは無表情で王宮の見取り図を見つめている。


「護衛対象の破壊は禁止ですね。残念です。

 しかし、経路の効率的な破壊は許可されるのでしょうか?」

「許可されません!絶対に!」


フィーネはエルミナの言葉に、思わず叫び返した。イリスは、ルナから渡された王宮の歴史書を読み込んでいる。


「ふむ。王宮の内部構造は、古代の魔術的防御機構と深く関連しているわね。

 姫の行動原理を分析すれば、護衛の手順もより効率的になるはずよ」

「ルナ、何か情報ありますか?」

「えっと……姫様は……とても……好奇心旺盛で……予測不能な……」


ルナは緊張しながら、断片的な情報を口にする。フィーネは、すでに頭を抱えていた。


「わ、分かってます!

 もう!皆さん、お願いしますから、今回はちゃんと計画通りに動いてくださいね!」


フィーネの叫びは、虚しく錬金工房に響き渡るだけだった。

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