羊歯傀儡

蓬戸 功

第1話

霧が濃かった。


榊原倫太郎は、湿った道を登りながら息をついた。

山深くにある霧隠村は、地図にも載っていない。

麓で聞いた噂はひとつ──


「羊歯傀儡に連れていかれた者は戻らない」。


村に着いたとき、すでに日は暮れていた。

茅葺の家々はみな戸を閉ざし、灯火さえ見えない。


ただ中央の祠にだけ、白い紙垂が揺れていた。


「よそ者かね」


背後から声がした。振り返ると、背を曲げた老婆が首を擡げていた。


「私は巡査の榊原です。ここで失踪事件が相次いでいると──」


「事件じゃないよ」


老婆の瞳は濁っていたが、芯に炎を宿していた。


「羊歯傀儡に“遣われた”んだ」


倫太郎は眉をひそめた。


「それは……何ですか」


お篠婆は祠の奥を指した。

そこには束ねられた羊歯の葉が並び、人の形に組まれていた。

風もないのに、その影がゆっくりと首を傾けた。


「夜になれば、歩き出すよ」


老婆は低く笑った。


「そしてお前さんの足も、もう奴に結ばれている」


倫太郎の足首に、冷たい感触が走った。

見下ろすと、湿った羊歯の葉がいつの間にか巻き付いていた。

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