チェキ飯!宣伝部

真田紳士郎

#ご飯と撮るのがいいと聞きました。




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【チェキめし


 ご飯に推しのチェキを添えて撮影された写真。

 また、それをSNSに投稿する行為のことを『チェキめし』と呼ぶ。



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 沢田は決意した。

 かならず愛する飯塚おもちちゃんのチェキ飯をせねばならぬと。


 ショッピングモールでのアイドルイベント終演後、

 沢田はオタ活友達である師匠とともにフードコートへと足を運んだ。


「師匠、俺、初めての『チェキ飯』ってやつに挑戦してみようと思います」


 沢田は己の決意を告げる。


「そうか沢田くん。時が来たようだね───」


 師匠はキメ顔でそう返した。


 沢田には美食グルメが分からぬ。

 一体、なにとともに推しのチェキを撮影したらいいのか、と。


「チェキ飯なんて何と撮ったっていいんだよ。難しく考えることはない」


 深刻な沢田に対して師匠はあっけらかんと言ったので、彼は胸をなでおろした。


「それじゃあ牛丼(並)でチェキ飯を撮ろうと思います」


 沢田の言葉に対して師匠は難色を示した。


「いやいや。それはいかん」

「なぜですか師匠」

「いくらなんでも牛丼(並)では安すぎる。まして初チェキ飯が牛丼(並)は。推しメンまで安く見えてしまう恐れがあるぞ」

「そうですか。じゃあ牛丼(並)はやめておきます」


 すこし釈然としないものを感じはしたが、沢田は師匠の言葉に従った。


「じゃあ、お好み焼きと一緒に撮ろうと思います」

「いやいや、それもいかん」

「なぜですか師匠」

「お好み焼きはソースまみれじゃないか。どうチェキを添えてもソースがついて汚らしい印象を与えてしまう恐れがある」

「そうですか。じゃあお好み焼きもやめておきます」


 またモヤッとした気持ちもあったが、沢田は師匠の言葉に従った。


「それじゃあ、ラーメンと一緒に撮ろうと思います」

「いやいや、ラーメンはいかん」

「なぜですか師匠」

「ラーメンは撮影に手間取れば麺が伸びてしまう。SNS警察に『そんなの撮ってないですぐに食べるのが作ってくれたお店へのマナーなんじゃないですか?』といった指摘をされてオタクが、ひいては推しメンが悪者のようになってしまう恐れがある」

「じゃあラーメンもダメですね。はい」


 沢田はフードコートの店舗を見渡して、


「ピザと一緒に撮ろうと思います」

「いやいや、ピザは───」

「じゃあなんだったらいいんですか!?」


 沢田が言い返したので師匠は目を丸くした。


「最初に『何と撮ってもいい』って言ったのは師匠じゃないですか」

「あ、うん、そうなんだけどさ。初めてのチェキ飯だって言うから、なるべく記念になるような良いものにして欲しくて……」


 沢田に言われて師匠はおろおろとしながら返事をした。


「そういうことでしたか。すみません師匠、付き合ってもらってるのに生意気なこと言って」


 沢田は平静を取り戻した。


「それじゃあ、おもちちゃんの好きなパスタで撮ろうと思います!」

「それがいい。うん。そうしよう」


 師匠は笑顔で答えた。

 沢田の推しメンであるアイドル・飯塚おもち。

 大好物は明太子パスタである。


「ぶっちゃけ俺自身は明太子パスタあんまり好きじゃないんですけどね……」


 会計を済ませながら師匠にだけ聞こえるような声量で言った。


「いいじゃないか。推しのチェキ飯をするために、普段自分では選ばない美食グルメを選ぶ。それもオタ活の醍醐味だよ」


 大葉とじゃこの和風パスタを受け取りながら師匠は答えた。

 フードコートの人気ひとけのすくない席に座る。


「家族連れやカップルの隣りでチェキ飯を撮るのは苦行なのでな」

「なるほどです!」


 沢田は明太子パスタにおもちちゃんのチェキをどう添えたらいいか苦心した。


「やっぱりパスタ皿の中にチェキをぶっ刺した方がいいのですか?」 

「まさか。なんで?」

「だって他のオタクさんのチェキ飯で、ラーメンのスープにチェキをぶっ刺しているのを見たことがありますよ! 追加のりトッピングみたいな感じで」


 沢田の無邪気な言葉に師匠は頭を抱えた。


「やめろ。絶対にやめておけ」

「どうしてです師匠?」

「ラーメンにちょくでチェキをひたすなど、外道げどうの所業だ。絶対にしちゃいかん。アイドル好きとラーメン好き、両方から軽蔑される下劣な行為だ」

「はい! 師匠!」


 師匠はいくらかのチェキ飯ユーザーを敵に回すようなことを言った。

 沢田は無難に、パスタ皿の手前にチェキを添えて撮影してみるのだった。

 そして本文を書いてチェキ飯投稿の準備をする。


はしないのか?」


 画面を覗き込みながら師匠が沢田に問いかけた。


「自分なんかが、推しをタグ付けしてもいいんでしょうか?」

「むしろしないでどうする。タグ付けすることによってチェキ飯を見た人にも写ってる可愛いアイドルが誰なのか、すぐ推しメンのアカウントに飛べるんだから。宣伝効果のためにもタグづけはしないと」


 沢田はためらった。


「……タグ付けしたら、おもちちゃん本人に通知が行きますよね?」

「もちろん」

「それはなんというか、推しはわずらわしいんじゃないでしょうか」

「気にし過ぎだ。自分のオタクにタグ付けされたら嬉しいだろう。大丈夫だよ」

「でもまだになってから二週間しか経ってない自分なんかが……」

「日数なんて関係ないさ」

「本当ですか?」

「パリピの男女なんて出会って二週間もあれば結婚してるぞ」


 師匠はやや強引な理屈で沢田を納得させた。

 そこから何度も写真と本文を読み返す。

 間違いがないか、変な文章になってないか、写真が事故ってないか。

 ひとりでスマホとにらめっこしてうんうんと唸りながら三十分ほど経ってついに、


「───送信っと」


 沢田は自身初のチェキ飯をSNSに投稿したのだった。


「終わったー!」


 緊張から解放されて背もたれによりかかる。


「やっとポストしたのか。随分と時間かかったな」


 食後のアイスクリームをかじりながら師匠が言った。


「自分のチェキ飯が全世界に発信されると思うと責任重大だなって」

「大袈裟なやつだ」


 師匠は『自分にもこんな時期があったなぁ』と沢田のことを羨ましく思った。


「おっ!」


 やがて沢田のスマホにぽつぽつと通知が届き始める。

 チェキ飯の投稿にいいねが付いたのだ。


「すごい。別グループどころか、別ジャンルのオタクの人からもいいねが」


 想像していた以上の反応をもらえて、沢田は自然に口角が上がっていた。

 飯塚おもちちゃんを知らないまま一生を終えるはずだった他ジャンルのオタクにも、自分の推しの存在をほんの少しでも知ってもらえる。それがすぐに課金や集客に繋がることはないかもしれない。

 それでもひとりのアイドルが世の人たちに知られていくのはこういった小さな宣伝活動の積み重ねなのかもしれない、と沢田はぼんやりと感じていた。


「な? タグ付けして良かったろ?」


 アイスを食べ終えた師匠が指についたバニラを舐めながら言う。 

 自分も飯塚おもち推しの一員になれたようで沢田は誇らしい気持ちとともに笑顔になる。



 ピロン♪



 さらに通知がきた。

 それを見た瞬間、沢田の全身はガッチリと硬直する。


「し、し、師匠……!!!」

「どうした?」

「これを見てください!!!」


 沢田のスマホ画面には飯塚おもち本人からのいいねが映し出されていた。


「推しが……おもちちゃんが、俺のチェキ飯にいいねしてくれてます!!」

「おお。良かったな」

「コレ、今! 今、おもちちゃんが押してくれたってことですよね!? リアタイで今、推しメンもSNSを見てて、いいねを押したってことですよね!?」

「沢田くん、すこし落ち着こうか」


 沢田はスマホをテーブルに置き、両手で顔面をぎゅぅっと力強く覆った。

 そして声にならない声をあげてから大きく息を吐くのだった。


「師匠。俺、勇気を出してチェキ飯して良かったです」


 胸の奥が熱くなるのを感じる。

 推しメンがいいねをくれた通知欄をじっと見つめて、

 沢田はゆっくりと大切に大切にスクリーンショットをした。


「沢田くん」


 師匠は小さく笑う。


「推しメンからいいねをもらったくらいで泣くやつがあるか」 











『チェキ飯!宣伝部』おわり



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チェキ飯!宣伝部 真田紳士郎 @sanada_shinjiro

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