奏!クロスオーバー

@kanacro

第1話 40センチの巨大な手

 千葉県千葉市。温かい日差しが差し込む「風吹整形外科医院」の診察室。ガラス張りの壁面からは、近代的な街並みが広がり、遠くには東京湾のきらめきが見える。院内にはブルースのB.B.King「The Thrill Is Gone」が静かに時を刻んでいる。

 

少女 「ねえ、せんせい! これ、なんて動物さんの手?おっきいね!」

 診察室に入ってきたばかりの、髪をふたつ結びにした少女は、院長の風吹 奏(ふぶき かなで)(45歳)に挨拶すると、すぐに大きな額に入れられた一枚の版画のような手形に目を奪われる。

 少女の幼稚園にある、絵の具を塗って紙に押し付けた手形版画にそっくりである。しかし、墨のような濃い色で力強く押し付けられた手のひらの形は、親指から小指まで40センチあり、普通の人間にはありえないほどの大きさと厚みを持っている。指の一本一本が長く、そしてたくましい。

 

少女の無邪気な問いかけに、奏(かなで)院長は思わず微笑む。

 奏院長(手形を見ながら)「ふふ、これはね、動物さんの手じゃないんだ。この人のおかげで先生になったんだよ。」

 奏院長はそう言うと、手形の額を壁から外し、少女の前にそっと差し出す。少女の小さな手を、手形にゆっくりと重ねてやろうとする。

 すると、少女は「わあ…!」と声を上げ、一瞬身を引く。それは、少女にとって顔の何倍もある化け物の手である。

 母親(低い声で)「これ、人間の手ですか?…」母親が声を漏らす。

 

 落ち着いた木目調の大きなデスクに座る風吹 奏は、白衣を羽織っているが、その体つきは今も現役時代を彷彿とさせる精悍さがある。今にもテレビの医療ドラマからオファーがきそうな甘いマスクで患者推しも多い。

 デスク上には、最新の医療機器のカタログと、一冊の古びたバスケットボール雑誌が置かれている。彼は雑誌のページをめくり、ある写真に目を留める。それは、かつて彼が「日本バスケ界の至宝」と称えられた高校時代の、躍動感あふれるプレー写真である。

 

 奏院長は手形を見つめる。それは手の実物大MRIプリントである。手首の部分にはボルトやプレートなどの固定器具が埋め込まれているが、骨だけでなく、血管や腱、筋肉の緻密な構造までが鮮やかに描かれており、単なる医療写真というよりも、生命の神秘を表現したアート作品のようだ。

 

 彼の脳裏には、あの夏の日の記憶が鮮明に蘇っている。バスケットボールに全てを賭けた熱い日々、そして、国境を越えて結ばれた、かけがえのない友情の物語が──。

 SE(B.B.Kingの「The Thrill Is Gone」が院内に流れる音)

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