第一話 変人娘

 ひとえに、預言と言っても様々なものがあるわけです。占星術、予知夢、霊視、はたまた直感的なものや、カードなどのアイテムを使うもの。


 それら預言、予知とは過去に何百、何千とされてきたわけだけど、そのほとんどがデマだったり、仮に当たっていたとしても世界情勢的に妥当なもので十分予測可能な範囲の出来事だったり、あるいは仕組まれていたものだったりします。個人レベルのものは調べようがないので何とも言えないですが。


 そして、この世界で最も預言として価値が高いのはとりわけ災害に関するもの。主に地震みたいな、広範囲に未曾有の被害をもたらすようなタイプのやつ。

これも過去の事例を参考にすると、確かに的中させたって一時期騒がれた預言者も中にはいました。しかし、よくよく調べてみると後付けだった場合がほとんどだったんですよね。


 そう、ちゃんと調べればボロなんてすぐに見つかるんですよ。まぁ私も最近調べて知ったんですけど。

 今まで預言の類に関心が無くて、まともにそっち方面の知識を入れてなかったけれど、今回の「2026年の預言」に真っ向から立ち向かう以上、ちゃんとした知識を持たないといけません。


 で、その来年の預言の出どころについて改めて調べてみたんです。公共の魔法波で地上波放送されるほどのものですから、それなりに権威(?)ある人物の預言なのでしょうと。

勿論、番組の中でその預言のことは紹介されていました。なので、それら情報を番組の内容を元に、私から簡単に紹介しようかと思います。


            ・・・・・・・・・・・・・・


 ————ミウグルス・ユーテングーナ。なんでも300年以上前に存在したとされる魔導士の女性で、魔導士階級は「一流」。

この預言が世に知られるようになった発端は、彼女が遺したとされる文書の発見でした。


 彼女の名前を取って『ミウグルス文書』と呼ばれたそれは、私が住むイルスカーム皇国から遥か東の島国の海岸付近にある洞穴から見つかったらしく、古びた木箱の中にまるで宝物のように麻布に包まれて収められていたそうです。


 では、彼女は歴史に名を遺すほど有名な魔導士だったのかって?私もこの番組を見るまでは知らなかったのですが、「一流」の肩書を持つ彼女は公的に活動していた期間もあったようで、生前は魔導学校で教鞭を取っていたそうです。


 ですが、突如彼女は失踪してしまいます。失踪後の彼女の足取りは長らく不明で、行方不明届は出されていたそうですが、ついぞ見つかることはなかったそうです。


 しかし近年になって、彼女が失踪後に活動していた痕跡が世界のあちこちで見つかるようになったそうで、「一流」ともなると、その魔導士が扱う魔法は濃い痕跡を残すようになるのとのこと。

 ここ十年くらいの間に「至流」の魔導士たちが改良した探知魔法を駆使し、彼女の足取りを何年にもわたって徹底的に調べあげた結果、世界中の主に洞窟や地底湖などいった深い地点で何か秘密裏に活動を行っていたということが判明。


では、彼女はそこで何をしていたのか——というところで番組のCMが入ったんですね。


 コホン、気を取り直して・・・話は戻りますが、預言というのは様々な種類があるわけですが、魔法を用いた預言というのは意外にも存在していなかったわけです。


 ミウグルスが後に評価されたのはこの点にあって、彼女は魔法を用いて預言をする「魔導預言学」という学派を失踪後に密かに立ち上げていたことが分かったんですね。


 世界各地の秘境に訪れては、引き連れた数人の弟子と共にそこで瞑想し預言を得る。と、いうようなことを数年に渡り行っていたようです。


 あの番組でも触れていましたが、魔法で預言を行うというのは現在の魔法論理的にはあり得ないことで、あまりにも現実性に欠けていると、某大学の「一流」魔導士教諭もインタビューで答えています。


 ですが、彼女の預言が支持されているのには理由があります。それは、その的中率の高さです。彼女は数百年前に数百にものぼる預言の数々を残し、人知れず世を去りました。

 回収された『ミウグルス文書』の中に書かれたそれら預言は、当時では存在しない魔導航空機の実現や、魔導線ネットワークの実用化など、現代技術の成就をまるで「目の当たりに」したかのように叙述していたのです。しかも奇妙なことに、その数々の預言の中に「世界の果て」を暗示するようなものがいくつか含まれている預言があったんですよね。

 そう、例の預言です。


 大半は少し詩的な内容で、『魔を使役する大王は大空を翔る鋼鉄の魚を得るだろう』とか『細く奇妙な力の本流は世界を覆いつくし、人々の垣根を破るだろう』とか、既に実現している現代の魔法技術を仄めかすような内容。


 その文書の中に『太陽が2026回万象を巡った時、星の地が大きく裂ける。最果てより悪癖が生じ、世界を蝕み滅ぼすだろう』という文言が登場するんです。

これが俗に言う「2026年の預言」で、それを簡単に解釈したのが、「世界の果てからの災厄が来る」というもの。


 これ以外では『誰も知らぬ地、人に忘れさられた地。深淵の如き大口は祈りを飲み込み、一切を浄化する』や『果てを知らぬ者は皆一様に嘆くだろう、起源の地は約束を待っている』とかとか。


 現在では彼女が遺した文書は重要研究対象として、「国立魔導慧究院」に収められ、その中に残された彼女の言葉の研究が続けられているだとかなんとか、ってな感じで、番組エンディングテーマと下にスタッフロールが流れて終わりました。


————どうです?納得しました?いや、納得できませんよね?


 私は録波したこれをもう三回は見ました。ですが、重要なこと全然明かされてないじゃないですか。

ほとんどミウグルス・ユーテングーナのドキュメンタリー番組で、肝心の預言に関する深堀が全然ないんですよ。


 確かにあるにはありましたけど、視聴者のニーズに全く応えてないですよね。主に私のニーズに。

ですが、一つ確信出来ました。「国立魔導慧究院こくりつまどうけいきゅういん」。ここに行けば、私の目的が叶うかもしれないということを。


 そうと決まれば行動に移るのみです。今は春休みで、遠出するにはもってこいということで——————


            ・・・・・・・・・・・・・・・


 ————来ちゃいました。イルスカーム皇国、ジョ・・・ジョク・・・えぇと、ゴホン、「ジョクメヌスティア州」、相変わらず言いにくい。

私が住んでいた、田園がひたすら国土を覆うド田舎の、「レスニュートト州」から北上すること約300キロ、移動時間3時間弱。クソ遠いですが魔導鉄道を乗り継いで何とか到着しましたよ。


 イルスカームの9つある州の中では「ジョクメヌスティア州」の面積は広い方ではないですが、その発展具合と人口密集比率は国内最高クラス。いや世界最高クラス。

いわゆる大都会ってやつです。いや超都会。


 あらゆる流行の最先端、魔法研究機関の頂点、世界に名を馳せる大企業の本社がこの地に集う経済の中心地、そんな絵に書いたような場所がここ、「ジョクメヌスティア州」なんです。私の目的地である慧究院もこの地にあります。


はてさて、勢いそのままに来てしまいましたが、当然ながら土地勘などありません。


あぁ、困った困った。しかしご安心を、そんな時に便利なのがこのスマート魔法具、略して「スマホ」。昔は二つ折りの物が主流だったらしいけど、今の主流は一枚の板です。


 魔法によって編まれたネットワークを介して様々なサイトにアクセス出来る、帝泉歴2010年代における最高傑作と名高い、携帯型の魔法基盤型情報伝達装置でありまして、「至流」階級である、ステイヴ・ジョルブという天才魔導士が生み出したこの魔法具は爆発的に普及し、今や持っていない方がおかしいと言われるほどなんですよね。


 そんなスマートな物体の表面を指でなぞりながら何かを探す私。見ているのはガーゴル社が提供してる地図アプリです。これを使えば目的地までの道のりを最短距離でルート案内してくれるというわけでございます。


 というわけで、ジョクメヌスティアの首都であるチーブチホンス市の駅から冬の名残を感じさせる肌寒い風を浴びながら歩くこと30分、見えてまいりました。

まるでこの場所だけ中世時代に遡ったかのような、巨大で立派な石造りのお城と城壁。

「国立魔導慧究院」はその広大な敷地の一部が国立公園になっておりまして、一般の人にも開放された憩いの場所になっているんです。一面の芝生と道を形作る古風な石畳、そして巨大な歴史に名を残すとある魔導士の像を噴水。すべてが美しい。


 しかし私が用があるのはそんな公園ではなく、その奥に佇むお城部分。メインゲートは関所のようになっていまして、当然の如く関係者以外立ち入り禁止。公的な研究機関ですからね、まぁそれは織り込み済みです。

 ですが、それで門前払いを食らって回れ右するような女ではない、ということを見せつける必要があります。警備員のおじさんに。


まずは礼儀よく挨拶し、恰幅の良い、紺色の警備服を着こなす彼に温和な感じで接近。

ですが流石警備員。明らかに怪しい私の前にすぐさま立ちはだかり防戦一方です。そこからは入れる入れないのやり取りを数分繰り返していました。

いい加減強情な彼にやきもきしていると、とある女性が近くを通りかかりこちらに声をかけてきました。増援でしょうか?


「・・・?おや、騒がしいと思ったら、これはこれは元気なお客さんだね?」


「あぁっ、院長。丁度よい所に・・・」


「・・・?」


 警備のおじさんが振り向いた先には、奇抜な恰好をした女性がこちらを興味深げに眺めていた。

首からおびただしいほどのネックレスをじゃらじゃらと垂らし、セーターの上にぶかぶかとした革の上着。焦げ付いたような茶髪が陽光を吸収し妖艶な雰囲気をちらつかせる。


「院長?」


「すみません、院長。実はこの娘が・・・」


 何やら私を放り出して院長と呼ばれた女とゴニョニョと短く言葉を交わす警備員。

盗聴魔法を取得していないのが悔やまれる。


「ふむふむ、なるほど。・・・分かった、君はもう行っていいよ、この小娘の相手は私がしよう」


「本当ですか?助かります・・・!」


 何か解決したようで、彼は院長に短くお辞儀をすると、私を何とも言えない眼で一瞥し持ち場に戻っていった。

そうして、私と彼女の二人が残された。


しかしこの女性、どこかで見たことがある。どこだったか・・・。あ、思い出した。


「・・・も、もしかして、国立魔導慧究院の院長・・・!ロティナ・フィッツティリアさん!?」


「・・・おや、私のことを知っているのかい?」


「勿論ですよ!だって、先日放送されたあの番組、『預言の真相を追え!』に出てましたよね!?」


「ん?・・・あぁ、あの番組か。収録したのが大分前だったから忘れていたよ、ははは」


なんということだ、番組の最後にちらっとだけ登場していた院の長とこんな場所で偶然出逢うとは、僥倖。僥倖すぎる。


「それで、お嬢さん。何か彼と揉めていたようだったが、どんなご用件かな?無論知っているとは思うが、この研究院は娯楽施設ではない。ここに来たということは、君の魔導士階級は一流か、それ以上だということで良いかな?」


「・・・からかってるんですか?」


「冗談だ、聞かずとも君が三流だということは分かる」


「そうです、この春に高等学校を卒業したばかりです」


「だろうねぇ。それで?そんな三流魔導士の君が、ここに何の要件があるのか聞かせておくれよ」


「・・・ミウグルス・ユーテングーナ。彼女が遺した預言について、私も研究したいんです!」


「おや、何を言い出すのかと思えばその話かい。だったら、こんな藪から棒な方法で入ろうとするんじゃなくて、然るべき試験と手続きを受けてから出直すと良い」


「ち、違います!そんな余裕はないんです!私はっ、来年の預言の嘘を暴くためにここまで来たんですから!!」


「来年?・・・あぁ、なるほど。確かに、それは時間がないね」


「私は、預言に踊らされる人々を救済してあげたいんです。その為にここに来たんですから。私はあの預言の真相を暴くことに余生を費やすことに決めたんです」


「ははっ、それでは君の余生はあと一年足らずで終わってしまうことになるぞ?」


「言葉遊びはやめてください!」


「いや君が言い出したんだろう?」


「とにかく、そういうことですから!お願いします!私も研究チームに入れてください!!」


「強情だねぇ。別に、君がどうこうしなくても我々が今研究している最中だ。「三流」の力を借りるまでもないよ」


「だったら、せめて研究の様子を見るだけでもいいですから!ほんのちょっとでいいんです!」


「それで気が済むのかい?」


「・・・・・」


「済まないよねぇ?」


「それは・・・見てから決めます」


「はぁ・・・こっちも忙しいんだ。預言についてはまだ未解明の部分が多いし、立ち会った所で、君の実になるようなことはないと思うが?」


「それでもいいので!お願いします!そのためにこうしてレスニュートトから来たんです!」


「レスニュートトから・・・?相当遠いだろう」


「はい!特急に乗ったのでお金も相応にかかりました!それを無駄にしないためにも、是非!!」


「・・・・・・・・」


 あっけに取られたように目を丸くするロティナ。やがてこの押し問答を諦めたのか小さく息を吐いた。そのまま彼女はドニカの横を通り過ぎると一度振り返り、顎をクイと動かすと半ば呆れたような目をして、私にこう告げた。


「・・・ついてこい変人娘。飯でも奢ってやる」

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