それぞれ

白川津 中々

◾️

 都内にあるレストラン"庭園"は広く明るい造りである。

 木製のテーブルや椅子が温かく、ガラス張りの壁からは外光が差し込んでいる。白い壁も清潔感があって、家族連れやカップルが好んで利用するような趣である。


 故に、一人でやって来たその男は異質だった。


 上等な生地で仕立てられたスーツに、整った口髭と櫛の入ったグレーの頭髪。できあがった身形は一見立派であったが、どこか、言いようのない歪みが見て取れた。余裕のある佇まいの中に、役者じみた所作を感じるのだ。


「あの……」


 程なくすると、男のもとに女が現れた。

 彼女も皺のない小綺麗な衣装であったが、何か、違和感があった。


「どうも初めまして」


 男は立ち上がり、女と挨拶を交わした。初対面のようだった。


 それからどんな会話が始まるかと思えば、しきりに"ビジネス"という単語が男の口から出てくる、胡乱な内容であった。枕に「ドイツでは」「世界の」「時流が」といったような言葉が置かれているような、一市民が確認のしようのない壮大な話ばかりである。そして女は小節一つ一つに心の底から感心したように、深い相槌を打つ。その際、女の衣装が少しだけ翻ると、白い毛球やくすみが深く、多方に根付いているのだった。貧乏くさい、不出来な色彩だ。


 周りの客は、男と女を見て見ぬようにしていた。誰もが男の不気味さと、彼女から香り立つ貧困の臭いに背を向け、家族との、あるいは恋人とのひと時を過ごしている。あたかも二人は別世界にいるように、そこに存在しないと言い聞かせるように、大切な人間と過ごす時間に没頭するのだ。


 幸せとは得てして、そういうものなのだろう。

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それぞれ 白川津 中々 @taka1212384

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