バレたら即クビ★女装秘書、専務のセクハラから逃げ切れ!
葉っぱふみフミ
第1話 女性秘書の秘密
午前七時。通勤ラッシュが始まる前に、悠馬は社員証を取り出してゲートをくぐった。
顔なじみの守衛さんに挨拶すると、険しい表情が一瞬ゆるむ。
「今日も早いね」
「ええ、専務が七時半には出社されるので、その前に準備をしないと」
「頑張ってね」
その笑顔には、悠馬が“男”である疑いなんて微塵もない。そう、悠馬は今日も星川食品の女性秘書──「村瀬優」として出社しているのだ。
星川食品、冷凍食品やレトルト食品を主力商品としながら最近は外食産業やホテル事業も手掛けており従業員数は1万人を超え、知らない人はいない大企業だ。
その中で悠馬が男であることを知っているのは社長、人事部長、そして秘書課課長の滝川智美——たった三人だけ。
バレたら即クビ。妹の学費のためにも絶対に正体は隠し通さなきゃならない。
専務室を開け、暖房のスイッチを入れ掃除を済ませる。
最後に鏡の前で身だしなみチェック。ゆるふわなパーマのかかった髪をふわっと手櫛で整え、リボンタイもきゅっと結び直す。ストッキングの伝線なし。——よし。
と、そこでノックもなくドアが開いた。
「結城専務、おはようございます」
専務はヒールの音を響かせて入室してきた。艶やかな黒髪をなびかせ、切れ長の瞳と整った横顔には自信が漂う。スレンダーなスタイルをタイトスーツに包んだ姿は、まさにやり手のスーパーキャリアウーマンそのものだった。
「……え、早速!?」
恭しく一礼した瞬間、背後をサッと撫でられて、心臓が跳ねた。
いやいやいや、出社一分でこれは早すぎだろ!
「コーヒー、濃いめでね」
専務は何事もないように軽くスルーした顔でデスクに向かい、パソコンを立ち上げる。
星川食品唯一の女性役員にして、最年少で専務に昇りつめた人物──結城蘭。
ヒット商品を連発し、外食もホテルも大成功。業界では「やり手のスーパーキャリアウーマン」として知られるが……困ったことに、恋愛に関しては肉食系で、好みは若い女性。
しかもセクハラが強烈すぎて、女性秘書は次々と辞めていく始末だった。
昨晩は接待だったらしく、少し機嫌が悪そうだ。悠馬は急いでコーヒーを淹れ、そっと横に置いた。
すると——肩に回る腕。
「昨日さ、マルニチ商事の社長に手相占いとか言って手を握られてね。もう気持ち悪くて」
専務は耳元で愚痴りながら、右手で胸を、左手でお尻をなぞってくる。
いやいやいや。セクハラされて嫌だった話しながら、今まさにセクハラしてるのお忘れですか!?
「専務も大変ですね」
「そうなのよ。だから癒してよ?」
手がスカートの中に入り、前へと迫る。ヤバい、あと数センチで——
小さなショーツの中ではちきれんばかりに服らんでいる、アソコに手が回る。
その時、デスクの電話がけたたましく鳴った。
「はい、結城です」
一瞬で仕事モードに戻る専務。
悠馬は乱れた服を整え、逃げるように部屋を出た。
——助かった……!
秘書課に駆け込むと、滝川課長が涼しい顔でこちらを見る。
「どう? ナイスタイミングでしょ」
「……ギリギリですよ」
専務室には内緒で監視カメラが仕込んであり、限界突破すると課長が助けてくれる仕組みなのだ。
課長から郵便物を受け取り、出勤してきた他の秘書たちと軽く挨拶を交わす。
「村瀬さん、おはよう。あ、今日アイシャドウ変えた?」
「はい、ブルー系が専務の好みみたいで」
「さすが結城専務。メイクチェック厳しいね〜」
女性のチェックは厳しい。男とバレないか、笑顔の裏で内心はヒヤヒヤしている。
妹のために——今日も「村瀬優」を演じ切るしかない。
◇ ◇ ◇
――半年前。
会議室には、渋い顔で腕を組む社長と、人事部長の二人が座っていた。秘書課課長の滝川智美は、ため息を押し殺しながら、その様子を黙って見守っていた。
「……そういうわけで、コンプライアンス委員会に申し出があった以上、こちらも対処しないといけません」
人事部長が冷や汗をかきながら報告すると、社長の額にさらに深いしわが刻まれる。
「これで、何人目だ」
「三人目です。彼女とは話し合い、希望する広報部への異動と、見舞金をボーナスに上乗せすることで、口外はしないと約束を取り付けました」
事務的に答える智美に、社長と部長は安堵の息を漏らす。だが、その次の瞬間にはまた暗い顔に戻っていた。
「……次はどうする。同じことの繰り返しになるのでは?」
「男性秘書ではダメなのか」
「それも一度打診しましたが、『男だとやる気出ないのよね』と一蹴されました」
おじさん二人は同時に深いため息をつく。話題の中心はもちろん、やり手のスーパーキャリアウーマン、結城蘭専務。
仕事の腕は抜群。それゆえに会社の業績は彼女のやる気に直結する。だが、彼女の“食欲”は仕事中も止まらず、担当秘書を片っ端からセクハラで退職に追い込んでいた。
「結城専務のやる気を削ぐわけにもいかん……しかしこのままでは表ざたになるのも時間の問題だ」
社長が頭を抱えたとき、智美は口を開いた。
「社長、それについては――一つ、案があります」
その一言に、社長と人事部長の目が輝く。藁にもすがる思いとはこのことだ。
智美が腹案を説明すると、二人は目を丸くした。
「だが、本人を説得できるのか」
「そのために、今から動きます。部長もご一緒いただけますか?」
智美の頼みに人事部長は力強くうなずいた。次の瞬間、智美は部下へ電話をかけ、飛行機とホテルの手配を淡々と指示していた。
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