【四】現代における祟りの証言
◇取材記録:狸塚
■取材記録:狸塚
【取材日】平成二十六年 四月
【聞き取り対象】T氏(建設会社勤務・四十二歳・現場管理担当)
「それが“狸の祟り”かどうかなんて、証明のしようがないんです。でも、現場にいた誰もが――あれは普通じゃなかった、って言ってますよ」
そう語るT氏は、地方都市郊外における道路拡張工事の現場監督だった。
現場となったのは、田畑と雑木林に囲まれた一帯。特に目立った歴史的遺構があったわけではないが、林の端に、苔むした石碑と祠がひっそりと佇んでいた。
「地元の年配の方が、『あれは狸塚だから動かさない方がいい』って忠告してくれたんです。でも、正式な文化財指定もないし、工期も迫ってたので、結局、撤去することになった」
問題が起きたのは、それからだった。
まず、作業初日の早朝、ブルドーザーが始動直後に急停止した。電気系統には異常なし。整備担当も「原因不明」と首をひねった。
次に、作業員のひとりが重機の操作中に転倒し、肋骨を折る重傷を負った。
「事故そのものは、本来こういう言い方もよくないですが、“よくあること”の範疇です。でも、それが立て続けに、しかも祠を壊した直後から起き始めた。おかしいと思ったのは、その翌週です」
現場監督を務めていたT氏自身の自宅で、小学生の娘が階段から転落し、救急搬送されたのだという。
幸い命に別状はなかったが、骨折と脳震盪を負い、入院を余儀なくされた。
「俺が“あれのせいかも”って思い始めたのは正直そのときです。妻からは“気のせい”だって言われましたけど、なんか、どこかから見られてる気がしてならなかったんですよ。現場でも、自宅でも」
作業員の間でも噂は広がった。誰かが祠の写真を撮っていたスマートフォンが急に壊れたとか、仮設トイレの鍵が勝手に開閉したとか。真偽は定かでないが、「あそこは何かいる」という共通認識が広がり、結果的に一部作業員が交代する事態にまで発展した。
「最終的には、上司の判断で“安全祈願”って名目の簡易な地鎮祭をやったんです。石碑も残そうってことになって、内容が一部変更されました」
それ以降、大きな事故は起きなかった。
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この証言のように、“狸の祟り”とされる現象は、決して過去の民話や怪談の中だけに存在するものではない。むしろ、近年の都市開発やインフラ整備が進む中で、見過ごされ、あるいは軽視されがちな“土地の記憶”が、こうしたかたちで噴出することがあるのだ。
このような「目に見えない領域への干渉」は、しばしば“迷信”として一笑に付される。
しかし、それでも人々がどこかでその存在を恐れ、語り継ぎ、現実の判断に影響を及ぼしている限り、それは立派に“生きた信仰”であると言える。
狸は時に、形を持たず、名を持たず、出来事の背後に潜んで、人間の傲りや無関心に対して静かに警告を発する。
「郷に入れば郷に従え」とは、単に社会的ルールの話ではない。
そこには、目には見えない存在への敬意と、侵してはならぬ境界への慎みが、含まれているのかもしれない。
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