◇取材記録:金曜深夜の常連さん

■取材記録:金曜深夜の常連さん


【取材日】令和六年十二月

【聞き取り対象】A氏(二十一歳・都内私立大学在学中)


 私がA氏に話を聞いたのは、ちょうど冬の初め、街路樹がイルミネーションで彩られる頃だった。彼は都内某所のコンビニで深夜バイトをしていた大学生で、場所を特定できる証言は控えるという条件で、私に非常に興味深い話をしてくれた。


「夜勤のシフトって、妙な客が来ること多いんですよ。泥酔したサラリーマンとか、テンションが変な学生グループとか。でも、あの人はちょっと違いました」


 A氏がそう口火を切ったのは、ビニール袋に入ったペットボトルを机に置いたあとだった。


 「あの人、見た目は普通のおじいさんです。たぶん七十代くらいで、白い髭がちょっと長くて、毛糸の帽子をかぶってる。背は小さくて、薄手のジャンパーにズボン。リュックを背負ってて、杖みたいな木の棒をついてる日もありました。歩き方はゆっくりだけど、しっかりしてる。…どこにでもいそうな、って言えばそうなんですけど、なにか雰囲気が違う。言葉にしにくい違和感があるんです」


 その老人は、毎週金曜の夜になると決まってやってくるという。深夜2時から3時のあいだ、客足が途絶える時間帯だ。


 「缶ビール1本と、おでんを3、4個。卵と大根は絶対入れてました。あとはたまにこんにゃくとか、ごぼ天とか。ホットスナックじゃなく、決まっておでんだったんです。不思議と、その人が来る日は在庫にぴったり必要な具が残ってるんですよね、売れ残ることも多いのに」


 それだけ聞けば、単なる常連客のように思える。だが、決定的におかしかったのは、支払いの瞬間だった。


 「セルフレジがメインの店舗です。お客さんがバーコードを自分で読み取って、現金か電子マネーで払うシステム。でも、そのおじいさん、バーコードはちゃんと“ピッ”て読み取るんですけど、レジ横のカードリーダーに“葉っぱ”をかざすんですよ」


 葉っぱ――それは枯れかけた、くすんだ緑色のそれだったという。カエデのような形だった。


 「最初は見間違いだと思ったんです。でも、何度見ても、カードじゃない。財布から出した葉っぱをかざすと、“支払いが完了しました”って画面が出て、レジ袋を受け取って帰っていく。しかも、売上レポートを確認しても、金額は合ってる。帳簿上、ちゃんと会計処理されてるんですよ」


 葉っぱのことは言わず、レジの不具合ではないかと社員に報告もした。だが、運営会社からは「異常なし」との回答。モニター履歴にも「Suica決済」と記録されていた。


 「ある日、気になって直接聞いてみたんです。『あの、いつも使ってるのって、Suicaですか?』って。それとなく、葉っぱですよねとは言わずに。でも、おじいさんはこっちを見て、ニヤっと笑っただけで何も言わなかった。ほんとに、ニヤリ、って。口だけ動かして、音は出さずに。それが怖くて、その日はそれ以上なにも言えなかったんです」


 それから数日後、その老人はぱったり来なくなった。以後、一度も姿を見せていないという。



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 狸の伝承において、もっとも有名なモチーフの一つに「葉っぱ金」がある。古典怪談や民話において、狸は葉っぱを貨幣に化かし、人を騙して商品を得る――というのが定番である。


 だが、この事例の興味深い点は、狸とされる存在が「化かす」のではなく、「現代システムに適応し、結果的に実際の支払いとして成立させている」点にある。かつては人間の目を欺いていた“葉っぱ”が、今やPOSレジや自動精算機をも欺いている。あるいは、レジ側が“それ”を正当な電子マネーと認識しているように見せかけている――という可能性すらある。


 これは、狸の「現代的適応」の一例といえよう。狸は単に古風な田舎の存在ではない。都市という複雑なシステムのなかにも、入り込み、あるいは接続し、ひっそりと人間社会と交わっている可能性がある。


 また、A氏が語った「ニヤリと笑っていた」という描写も、古くから狸に共通する特徴を思い起こさせる。狸は滑稽であり、したたかであり、どこか悪意を含んだ愉快さをまとっている。そしてその存在感は、人間の側の「見ようとする目」によって立ち現れる。


 もし、あの“葉っぱ”が本物だったとしたら――。その夜の売上は、いったいどこから計上されたのだろうか。

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