桜の呪い
をはち
桜の呪い
里山の静かな風景に、若社長・鷲尾朔也の野心が影を落としていた。
彼は村人たちに「里山を自然保護区に」と甘言を弄し、巧みな言葉で土地の買収を進めていた。
だが、その裏ではゴルフ場開発という冷酷な計画が進行していた。
村の象徴である桜の古木群も、すべて伐採の対象だった。
朔也の買収工作は順調に進み、残るは数軒のみとなったある夜、彼はラウンジで出会った女に目を奪われた。
彼女は息をのむほど美しく、月光のような肌と、その瞳には、言葉にできない寂しさが滲んでいた。
名を尋ねても微笑むだけで答えず、ただ静かに酒を傾けた。
朔也は抗いがたく彼女に惹かれ、一夜を共にした。
夜の帳が下りた部屋で、彼女は囁くように言った。
「桜を切らないでください。あの木々は村の魂です。」
だが、朔也はそれを意にも介さずに
「時代遅れの感傷だ。ゴルフ場が村に富をもたらす」と一蹴した。
彼女はそれ以上何も言わず、ただ悲しげな視線を残して去った。
桜の伐採当日、朔也は現場に姿を見せなかった。
業を煮やした現場監督は、朔也の父であり前社長の権蔵に連絡を取った。
権蔵は息子の遅延を歯牙にもかけず、「予定通り進めろ」と命じた。
重機の轟音が里山に響き渡り、最初の桜の古木に刃が立てられた瞬間、幹から真紅の血が噴き出した。
「祟りだ!」作業員たちは叫び、恐怖に駆られて逃げ惑った。
だが、権蔵は動じることなく、「迷信に惑わされるな!」と一喝し、伐採を強行させた。
やがて、最も巨大な桜の古木に刃が達した瞬間―― 幹が裂け、中から信じがたい光景が現れた。
そこには朔也の姿があった。
切り刻まれ、血に塗れた無惨な姿で。まるで古木の年輪に抱かれるように、彼は横たわっていた。
年輪には、薄らと女の顔が浮かび上がっていた。
作業員たちは悲鳴を上げ、権蔵すら言葉を失った。
桜の根元には、昨夜の女の面影を思わせる淡い花弁が、静かに散っていた。
村人たちは囁き合った。
「あの桜は、ただの木ではなかった」と。
それ以来、ゴルフ場の計画は頓挫し、里山の桜は再び静寂に守られた。
だが、村を訪れる者は皆、風に揺れる桜の枝に―― どこか悲しげな女の声を聞くという。
桜の呪い をはち @kaginoo8
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