第13話 実践からしか学べないこともあるのだ。


「ヘンリエッタ、広場に入れると囲まれる、通路出口で釘付けにしてくれ」


 ヨアヒムは、二つのカンテラの窓を全開にして広間の両端に置き、広間全体の視界を確保しながらヘンリエッタに指示を送る。ヘンリエッタは真剣な表情で頷くと通路出口の左側に陣取った。


「ジョナサン、お手並み拝見といこう。ゴブリンは基本的には臆病だ、一番先頭に入ってくるやつを速攻で倒す。こちらの方が強いと思わせるのがミソだ。出来るか?」

「うっす、やってみるっす」


 拳を握りしめジョナサンは気合十分といった様子で頷いた。その姿に怯えは無い。そのことにささやかな安堵を感じながらヨアヒムはリーシャに振り返る。


「リーシャ、ヘンリエッタを抜いて広場に入ったゴブリンがいたらエンバに追い出してもらってくれ」


 リーシャは口をギュッと引き締め無言で頷く。少し震えているようにも見えた。


「大丈夫、ゴブリンぐらいに遅れを取ったりしないさ。俺も、ヘンリエッタもジョナサンもね」


 努めて穏やかな表情を作り、そっと頭を撫でてやる。リーシャは目を細めて頷いた。


「うん、みんないるから大丈夫。ヨアヒム、来たよ!」


 ギッ、ギュアッっと耳障りな声が通路から響いて来る。それと同時に雑多な草をすり潰したような臭いに、獣臭さを混ぜたような臭いが漂って来る。

 それはゴブリン達が信じる呪いまじないの一種だという。

 背中に庇ったリーシャが一層顔をしかめているだろう事は容易に想像できた。人一倍敏感な嗅覚を備えているのだ、きっとたまったもんじゃないだろうとヨアヒムは思う。


 通路に射す広場からの光の中に先頭のゴブリンが一歩踏み出した瞬間、ジョナサンが動いた。

 右手に携えたナイフが風切り音を立てて投擲される、その数二本。一本は踏み出した左足の甲に、もう一本は棒切れに金属片を括り付けただけのいびつな斧を握った右手の甲に突き刺さる。

 得物を取り落としたゴブリンは、その緑がかった灰色の皮膚から黒々とした血を流し耳障りな悲鳴をあげた。

 「うっし!」と声をあげ、手応えを確認したジョナサンが畳み掛けるように更に二本ナイフを投げる。奇声を発しながら転げ回るゴブリンへの首と顔面を狙った追撃。

 だが、地面を転げ回るゴブリンを投げるように引きずり、替わりに前に出た別のゴブリンが質素な盾を構えてそれを防ぐ。


「お前にしちゃ上出来だよジョン!」


 ヘンリエッタが叫びながら通路脇から飛び出す。

 前に出たゴブリンの盾を戦鎚で打ち据えた。木製の質素な盾はあっけなく砕け、怯んだゴブリンの顔面を間髪入れず投擲ナイフが襲った。

 咄嗟に身構えた右腕と、左目をナイフが抉ぐる。またもゴブリン奇声が耳をつんざく。しかし長くは続かない。


「いちいちうるせぇってのっ!」


 ヘンリエッタの大楯が目を抉られたゴブリンを通路の壁に叩きつけたからだ。泡を吹いて絶命したゴブリンを一瞥すると、ヘンリエッタは戦鎚を一振りして後続を牽制しながら広場に下がる。


 二人はあっという間に二体のゴブリンを無力化してみせた。見事としか言いようの無い連携に思わずヨアヒムは感嘆の声を漏らした。

 ともかく出鼻はくじいた。


 見た所今二人が倒したのはレッサーゴブリンだ。体も小さく、身なりも貧相でロクな装備もしていない。

 ゴブリンのコミュニティに於いて彼らは被支配層だ。

 臆病な彼らは数や力で勝るものには襲い掛からない。この一団がここで引くかどうかで相手の規模が測れる。


 ヨアヒムは暗い通路の奥で蠢くゴブリン達の様子をつぶさに観察した。

 ゴブリンの戦列が未だ瓦解しないところを見れば、二体倒してもなお、少なくとも数では優っているのだろう。問題はそれ以外の理由がある場合だ。

 通路からは相変わらず耳障りな声が響いている、攻めあぐねているといった様子のゴブリン達。どうするのか? と問うような前衛のヘンリエッタの視線がヨアヒムに送られる。

 その時だ、通路の奥からけたたましい奇声が上がる。


ギュギ、ギョアグゲギャオッ!!!


 これまでのものより野太く腹に響くようなその声に、通路のゴブリン達がざわついたかと思うと一転静まり返る。

 そうでなければ良い。そんな思いが叶わなかったことをヨアヒムは悟った。


「指揮官がいる! ヘンリエッタ! 来るぞ!!!」


 ヨアヒムは声は張り上げてヘンリエッタに注意を促す。それと同時に、なだれ込むように闇雲に武器を振り回して広間に殺到するゴブリン達。


「おうよっ!」


 大楯を構えたヘンリエッタがすぐさま迎え撃つ。

 先頭のゴブリンを横薙ぎに振り払われた戦鎚が襲う。

 肩を砕かれたゴブリンが断末魔の叫びをあげながら並走していたゴブリンを巻き込んで通路の壁に激突する。

 先ほどと打って変わって、怯む様子もなく後続のゴブリンがヘンリエッタ目掛けて振り上げた粗末な鉈のような刃物を振り下ろそうとしていた。


「エッタ、上だよ!」


 リーシャが声を張り注意を促す。


「自分がっ!」


 代わる代わるに声を張ったのはジョナサンだ。

 ゴブリンの凶刃はヘンリエッタに届かない。ジョナサンの放ったナイフが、宙に踊り出した格好のゴブリンの眉間に突き立てられたからだ。

 糸の切れた操り人形のように力なくヘンリエッタの上に覆いかぶさるゴブリン。だがそれがヘンリエッタの視界を遮り、次なる動きへの対応を遅らせた。

 同胞の死体を乗り越え通路の壁を蹴ってヘンリエッタを飛び越え、二体のゴブリンが広間に足を踏み入れる。


「エンバお願い!」


 リーシャの声に矢のように飛び出したエンバが広間に入ったゴブリンの一体の足に食いつき振り回すように引き倒した。

 ジョナサンが腰から抜いた短剣で床を転げ回るゴブリンの首を搔き切ってトドメを刺す。

 その最中もう一体のゴブリンがヘンリエッタの背後を狙っている。


 ジョナサンの投擲ナイフが虚空を割いた。背後から迫るゴブリンの一撃をなんとか大楯で防ぐ事に成功したヘンリエッタだったが、広間に身体を向けたわずかな隙に更に三体のゴブリンが広間に侵入する。


「くっそ、どうするヨアヒム!? 通路に見えるだけでもあと六体はいる!」

「エルダーがいるはずだ! そこから確認できるか?」


 互いに声を張り上げて状況を確認する。


「あぁいる! 通路の奥で踏ん反り返ってやがる。」


 数で押そうとするゴブリンの群れを振り払いながらヘンリエッタががなる。


「そいつさえやればレッサーは逃げ出す! エルダーを通路から引きずり出すぞ!」

「どうやって!?」


 ジョナサンも声を上げる。すでに通路出口で抑え続ける戦法は瓦解した、乱戦に持ち込まれた今、取りうる最善策は司令塔を倒すこと。


「広間中央まで下がれヘンリエッタ! 群れを全部広間に入れる!」


 ヘンリエッタは一切の疑問を挟まずヨアヒムの指揮に従う。ジョナサンも仕留めたゴブリンから投擲ナイフを手早く回収すると自分の間合いに立ち位置を定めた。

 頼もしい仲間達だとヨアヒムは思う。リーシャに振り返ると不安そうな表情を浮かべていた。ヨアヒムはその小さな肩に手を置き頷く。


 エルダーゴブリンに率いられたゴブリン達との乱闘が始まろうとしていた。

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