第5話 引きこもりと作戦
「あ、よかった。来てくれたんだね」
「はい、一応来てみましたが……いったい何の話をするんですか?」
次の日、僕は一人で研究施設まで来てらいらの話を聞いていた。
「君の妹が引きこもりを脱却する方法だったわね。結構簡単な方法なんだけど……これは本当はどうかと思うんだけど」
らいら、彼女がここまでやりたそうにしないのは大体が残酷なものだ。ていうか、彼女……意外とサイコパスってところもあるからこのような気持ちを持つことは基本的にない。
「っで、どういった方法をとるんです?」
「それはね……嫉妬の力を借りるの」
「嫉妬? 嫉妬かぁ……薬でも使うのですか?」
どうせこの研究施設特有、変な薬を作ったから実験に手伝って~とかでもいうんだろう。
「いいや違うわ。あなたならともかく、私はこの研究施設にかかわっている人以外には危害を追わせたくないの」
い、意外と人の心あるんだなこの人。
「でも、それじゃ多分ですけど、彼女は反応を見せないと思いますよ?」
「え? どうしてかしら?」
「実は昨日きたこよみさんと昨夜一緒に食事をしていたんですが……嫉妬どころか態度も変わってませんでしたよ? なんなら全然オッケーって感じでした」
「……なるほど。それは手ごわいわね。個人的にもこの研究施設に取り組みたいのよね」
確かに妹の頭脳は誰から見てもトップクラスだ。しかし、そのことについては昨日、この研究施設に合わないと結論が出ていたはずだ。
「あ、知りたいって顔してるわね?」
「いや別にそこまでしてませんよ。これはただ……真顔です」
「あらら、それは重症ね」
やばい、ちょっと墓穴を掘ったかもしれない。
「実は、この研究施設で機械系の研究をしてもよくなったの。昨夜入った連絡だったんだけどね、なんか人造人間をつくるのであればほかの機械の研究でもいいよーって感じだったわ」
「……こよみあの人なんかやったのかな」
「あーあんまりこよみさんを責めないで頂戴。あのこ、あー見えても頭はいいのよ。昨日の日記を見てみたら、私よりも頭がよくてびっくり。飛び級する人ってやっぱりみんな現役よりも上ね」
そこまでこよみって頭がいいのか。また今度勝負をしてみよう。
「っで、妹をどうやって引きこもりを脱却させるのですか? 今の妹、自宅警備員どころか『自部屋警備員』ですけど」
「そこは『自室警備員』じゃないんだ。でもこよみさん曰く、料理を教えてって頼まれたらしいけど?」
「……誰が教えたんだ」
僕は誰にも教えてない。なんなら氷璃のことは誰にも口にしていない。この人を除いて。
「にしてもどうやって嫉妬させるんですか? 少なくともこよみじゃもう嫉妬しないと思いますが」
「んー……ここは私の妹に頼みましょうか」
「い、いもうと!? らいらさん妹居たんですか!?」
初めて聞いた。でも、らいらさんはおそらく20歳、妹さんはきっと自分よりも年上だろう。
「うん。中学生の妹が一人ね。ちょうどあなたの妹と同い年だと思うわ。女の子って同い年の女の子に対しては異常に嫉妬心を見せるのよね~」
「い、イモウトか」
正直めちゃくちゃ気になる。実は僕、同い年よりもすこーしばかり年下の可愛い子が大好きなのだ。妹が好きな理由もそれだ。ちなみに決してロリコンではな……
「あ、でも安心して。そこまで可愛くないから。あと……その子にナニかしたら、被検体にするわよ」
---
「初めまして、
……え? すごい礼儀正しいんだけどこの子。姉の晩生 らいら とは程遠い存在だ。
っで、極めつけは……ものすごくかわいい。いじょう(以上・異常)。
「あ、あーよろしく。ところで君って……嫉妬させる行動ってできるの?」
「任せてくださいよ。全くできません!!」
「自信満々だなおい!!」
どうすんだよこれじゃあ作戦にもならない。っていうか、普通にただお茶するだけになるかもしれない。
「すまん、家に入ったら……そのままリビングのソファーにすわって少しだけ待っててくれ、妹に話をつけてくる」
「了解です。ちなみに妹さんってどういう子なんですか?」
「妹かー。可愛くて、道路標識が好きで、少し変わった子だな」
うん、ずいぶん変わってると思う。
「そうなんですか。かわいい子、私も見てみたいです」
「わるいなー、もし嫉妬させることができたら……怒って一回に降りてくれるかもしれないぞ?」
「その時は私死ぬんですが……」
確かに言われてみればそうだ。僕は彼女がどれほど嫉妬深いのかを分かっていない。いわばいつ爆発するかわからない爆弾を事前情報なしに解読すると一緒だ。
「じゃあ行くぞ。間違えても裸を見せるなんてことするなよ」
「し、しませんよ。それよりも、お兄さんが耐えてくださいよ」
自分の家に入るというのに、魔王城に入るかのような気配に、僕は圧倒されていた。
昨日こよみと一緒に入った時とは全く違う、それはおそらく彼女が許可しているかしていないかの違いだろう。それとも……現に見ているかどうかだな。
☆
「じゃあみかん。そこのソファーに座っててくれ。僕は戦ってくる」
「わかりました。生きて帰ってきてくださいね。絶対に!」
「……わかった。お前も背後に気をつけろよな」
僕は無駄にきしむ階段を順番に上っていく。いつもは期待に胸を膨らませている場所だが、今回ばかりは妹の引きこもりの脱却を背負っている。失敗は許されない。
そんなことを考えていると妹の部屋の目の前まで来た。
「おーい、ひよりー。大丈夫か?」
「……」
反応がなかった。昨日と違って、気が変わってしまったのかもしれないと僕は落ち込んだ。
しかし……
「……たの」
「……え?」
「なんで……この家に……入れたの?」
声が怖かった。妹のこんな声、初めて聴いた。こよみのときには聞かなかったこの声、まさかやばい奴なんじゃないだろうか。
「あ、あー。ごめんな。これは突然のことで……それにほら……」
何も理由が思いつかなかった。そもそも、雨が降っているとき以外に女の子を家に連れ出すことなんてあるのか?
「ちょっと薬の実験をな。ほ、ほら今来た子……研究施設の子なんだよ」
「……あれって、○○中学校の子だよね? 制服。違うのであれば通報するよ」
くそこいつ、引きこもりのくせにどこでその情報を入手したんだよ。
「……そうだよな。研究施設の子だったらそこで実験すればいいもんな。実は道端でばったり出会ったんだよ。なんかバスがなくなっちゃったらしくてな」
「……んー……信じる」
よし、さすが引きこもり! 時刻表のことまではわからないよな。
「すこしだけ待ってて、今送り返すための公共交通機関調べるから」
「信じてねぇじゃねーか!」
どうしてこいつはここまでして知らん人を家に入れたくないんだよ!
「あ、でもこの家で泊まるってわけじゃないから、すぐに出ていくと思うぞ」
「本当? な、なら……これ耳に着けて」
「こ、これって」
気圧調整用のドアの下の隙間から出てきたのは小型のイヤホンだった。
僕はそれをみるなりすぐに理解し、それを耳につけた。
「じゃあ、行って……私もその話、聞いておくから。こよみならわかるけど……知らない人は許せない」
これはまさか、よくドラマとかで見る盗み聞きってこと? いやでも盗み聞きはおかしいか。
☆
「よしみかん。妹の許可をとってきたぞ」
「妹さんの許可とれたんだ。てっきり、お泊りするんだからダメって言われるのかと思ってた」
『……は?』
「おいおい待て待て! 泊まるなんて聞いてないぞ!」
このみかんってやつ……報酬があるか知らんがはやめに仕事を終わらせる気だな。
しかし、こういうのは焦らすからいいのであって、即座に終わらせようと攻め方をそのようにきつーいやつでやるとこいつ本当に氷璃に殺されるぞ。
『ねぇ兄さん。泊まるってどういうこと? すぐ帰るって言ったよね?』
「おいおい、みかん、間違えちゃだめだぞ。僕らは今日、遊びに行くんだもんな」
さすがに泊まるというのは氷璃にとっては厳しすぎる。ならここは遊びに行くってことにしといたほうがいいか。
「そ、そうだねお兄さん。あ、そうだ。今私ここにいながらなにもしないのは悪いからさ。私が今日の夕飯作るよ」
「え? いいのか?」
『は? この子、料理作れるの?』
嫉妬はしてるけど方向性が違う! このままじゃただの料理勝負になってしまう。
その時だった。
ピンポーン、とあれからも息をしていなかったインターホンが鳴った。
『はぁ!?』
「え? どうしたんだ氷璃?」
『兄さん。早く受け取ってきて』
妹はかなり緊迫していた状態だった。
「いったい何なんだよ」
『……エロマンガ』
「……え?」
『この前おすすめされた続編が届いたの!』
なんでエロマンガに続編を求めるんだよ!!
「さ、さすがにこれはあとで郵便局とかに行けばいいよな?」
『だめ、あれは昨日の夜から楽しみにしてたやつだから』
「……お前ったらなー」
「任せてよお兄さん。私がとってきます」
「あ、ちょっと!」
『兄さんダメ、行かせちゃダメ。何が何でも阻止をして』
こいつは自分の性癖が他人に知られるのが嫉妬よりも一番嫌なんだろうな。
「おいちょっとみかん! とまれって」
「えーでもそうしないと黒猫長門帰っちゃいますよ?」
「だとしてもだ」
僕は必死にみかんを追いかける。いや、これは多分妹のためではない。妹がどんなエロマンガを頼んだのかがただ気になるだけ。
『なに兄さん変なこと考えてるのよ!』
「なにもかんがえてねえよ! にしてもまずい! 玄関へと続く廊下に出られたら終わりだ」
『もう……最終手段。全速力で、彼女を追い抜くつもりで』
「わかったよ」
そして僕は、狭い家の中で全速力で走った。だがしかし彼女を抜かすまでの加速はできなかった。
だが、あることは起きた。
「ちょっとまってお兄さん! それは全力を ――わっ!」
勢いのあまり彼女にぶつかってしまった。しかも廊下というとても滑りやすいところ、もちろん二人とも靴下をつけていなかったというわけでもなく、当たり前かのように転んでしまった。
「いたた……あ、お兄さん! そ、その……だ、大丈夫ですか?」
この家に妹を含めた沈黙が訪れた。お互いに目を合わせるが、それがさらに気まずい空気を蔓延させた。
『兄さん! 大丈夫!? なんか今廊下らへんで大きな音が聞こえたけど』
「……」
「……」
『……兄さん?』
「……このまま作戦を実行しちゃいましょう」
「うん。わかった」
ハプニングが起きたが、これは妹を嫉妬させるいい機会が訪れた。ゆっくりと嫉妬心を高めさせる気でいたが、このような状況が起きてしまったのなら仕方がない。いや、そうでなきゃこの状態を脱却する方法が思いつかないのだ。
「……ねぇお兄さんってもしかして……はじめて、とかですか?」
「……みかん。君って意外と積極的なんだな」
「お兄さんほどでもありませんよ。それに私、中学校ではいつもといっていいほど最後の最後まで挙手できずに居残りしてましたから」
「……どんな学校なんだよそれは」
『に、兄さん!? 何があったの! 教えてよ状況!』
このイヤホンにはマイクがついている。しかし、カメラはついていない。リビングとかなら仕掛けられている気配がしていたが実は玄関には監視カメラがない。
つまり彼女は降りる以外の方法がないし、廊下から階段が出ているため二階からでもイヤホン越しではなくても直で聞こえてしまう。
ーーーーーー
(これでいいの、これでいいの。これで……先輩は幸せになれるの。だからこれが一番望ましい。けど……私以外の人とイチャイチャするのが許せないの)
私はどんな時でも兄さんの幸せを祈ってここまで引きこもりを貫き通してきた。けど、私以外の人とイチャイチャするのが決して許すことができなかった。
『あ、お兄さん。初めてのこと隠しきれてませんよ?』
『何バカなこと言ってるんだよ! そんな、姿に現れるわけないだろ』
兄さんがなにも知らない人に鼻の下を伸ばしているのだろうか。
というか、そもそも私はなぜこんなにいらいらしているのだろう。彼女が可愛いから? 同い年だから? いいや、それよりも私以外の人が楽しんでいる事態が嫌なのだ。
感情的になってはいけない、今まで犯してきた失敗を繰り返してはいけない。
しかし、身体は私の意志とは無関係に動くものだ。
ガシャン!
気づいたら……お気に入りの目覚まし時計が壊れていた。
もうこれはいらない。早起きするつもりなんてない。学校にも行く気はない。
ーーーーーー
「お兄さん、そろそろさ、妹ちゃんじゃなくて私に鞍替えしようよ」
『兄さん! 兄さん! 返事してよ!』
「……」
な、なんか妹が可哀そうになってきたからそろそろやめといたほうがいいか。
そう思ったその時だった。
「もう……いい加減にしてッ!!」
みかん・自分でもない声がこの家に響いた。それは妹の声だった。まるで心の底から絞り出すように。
さすがに怒らせてしまったのだろうか、先ほどの行為と裏腹に僕は急に心配になってきた。
彼女の慈悲だろうかわからないが、声を出す直前にマイクを切っていたようで僕の鼓膜には何もなかった。
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