第2話

ベザレルの実家は北方に領地を持つ、わりと由緒正しい家柄だ。

領地も人口も少ないので、暮らしぶりは平民に毛が生えた程度でしかなかったが・・・。

名産なし、名所なし、ダンジョンなし。

ないないづくしの貧弱領地を治める弱小貴族。それがマハラル男爵家だった。


「ベル〜。今日中に家を出ていってくれないかしら〜?」


部屋に入ってくるなり母親はドギツい台詞をベザレルに吐いた。


「・・・急になんですか。母上」


そう尋ねてみても母親は細い目をさらに細めながら笑みを浮かべたままだ。

こういう時はマジギレしていると長年の経験で分かっていたので、ベザレルはごくりと生唾を飲んだ。


「急にじゃないでしょ〜仕事もしないで毎日部屋でガラクタいじりばかり。いいかげん我慢の限界よ〜?」

「し、仕事はしたじゃないですか」

「お友達がお情けでくれたあれ一回だけでしょ〜。それも去年の話よ〜?」


ぐぎぎと歯がみするが事実なので言い返せない。

上司をぶっ飛ばし、仕事を辞めさせられて2年が経過していた。

失意のまま実家に帰ったベザレルだったが、家督は弟が継いでいたのでやる事がなかった。

ぐだぐだ引きこもって趣味に時間を費やす日々が続き、結果ベザレルは立派なニートとなっていた。


「分かった、分かりましたよーー」


自分でもずっとこのままでいいなんて思っていない。

これもいい機会だとキリッと母親の目を見返す。そして腹の底からしぼり出す様にこう呟いた。




「ーーー明日から本気だします」




ぶちりと何かが切れる音と母親の手が自分の襟首を掴むのはほぼ同時だった。


ガッシャァァァァァァン!


ガラスの砕ける音と共に景色がぐるぐる回転する。

地面に叩きつけられてから、やっと外に投げ飛ばされた事を理解した。

見渡す限りの青空と痛む背中がこれが現実なのだと知らせてくる。

空を見上げたなんて何時ぶりだっけ、とどこか他人事のように思っていると聞き慣れた声が降ってきた。


「大丈夫ですか、兄上?」


のぞき込むようにして現当主である弟がひょっこりと顔を出した。


「・・・これが大丈夫に見えるか?」

「喋れるなら大丈夫だね」


母の手で外に投げ飛ばされた兄に対してなんたる仕打ちか。

嘆くベザレルの隣に座り込むと弟は中身がぱんぱんの鞄を地面に置いた。


「なんだ、これ?」

「兄上の用意していた鞄」

「なんで、これ?」


顔をしかめながら起き上がる。


「愛用の工具も入れといたよ」

「・・・さいですか」


それはベザレル自身が用意していた、いつか家を出る時のための荷物だった。

ーーーまあふんぎりがつかずに何ヶ月も汚部屋のすみで放置されていたわけだが。


「必要でしょ?」


何にとは聞き返さなかった。

もう少しだけ、きっかけさえあればと。動き出さない言い訳を重ねる日々にベザレルの胸はじりじりと焼かれていた。

自分のそんな心情は家族にはつつぬけだったようだ。


「ああ。悪者を演じさせて悪かったな」


ニヒルに笑うと弟はバツが悪そうに頭をかく。


「ウザかったのも本当なんだけどね」

「・・・いやほんとすんません」


領主として、夫として、父として。

自分は毎日忙しくしているというのに、働きもせずうじうじと部屋にひきこもる兄が同じ家にいるのは確かにウザい事このうえなかったろう。


「まあ・・・でもやっぱりありがとうだな」


それがベザレルのいつわざる素直な気持ちだった。

やり方が乱暴だったとしても、家族が自分と向き合ってくれる事がなにより嬉しかった。

ーーーいや、ほんとに窓突き破って外に投げ飛ばすのはどうかと思うけど。


「ここまでされちゃあ動かないわけにはいかないよな」

「兄上・・・」


じーんと感動している弟に背を向け鞄を背負ったベザレルはーー


(とりあえず友達のとこで世話になるかな!)


ーーそんなクソすぎる事を考えていた。

2年のニート生活はかつての神童を確実に堕落させていたのだった。


(まずは足が必要だな)


その足で家の裏手にまわると、蔓の覆いしげった納屋の扉を開く。

中央に置かれた物体にかけられたほろを勢いよく取ると、薄暗い室内にホコリが舞う。


「は、は、はっくしょん!」


ほこりに悪戦苦闘しながら窓を開け放っていく。

風がほこりを吹き飛ばし、光が倉庫内を照らした。


「よっ、ひさしぶりだな」


2年ぶりに見る相棒はただ静かにそこに佇んでいた。

それはクビになって故郷に帰る事にしたベザレルが職場からちょろまかした、試験用の軍用荷運びゴーレムだった。

形容するなら鉄で出来たロバといった所か。

国家魔具師に任命された彼が設計し、開発した愛着のあるゴーレムでもある。

その躯体には厳しい試験運用でついた大小さまざまなキズが目立つが、ガタついた様子は微塵もない。

すこし錆びついているようだが、軽く中身を覗いて見るとほとんど劣化はなさそうだった。


(さすが俺の開発したゴーレム)


むふー!と鼻息荒く自画自賛してみる。

工具を探してカバンに手を突っ込むと用意した覚えのないものに手が触れた。

それは革袋だった。

取り出して中を開いてみると決して少なくない額の貨幣が入っている。

そえられた手紙には見慣れた母の文字でこう記されていた。



これをどう使うかはあなたに任せます。



バツが悪くなって思わず頭をかく。

生活も決して楽ではないだろうに、こんな額の金を用意してくれるとは。

母親にはいつまでたっても頭が上がらないものだとため息をつく。


ぶぉおん!


2年ぶりの起動に喜ぶような、もしくは非難するような起動音うなりごえを上げながらゴーレムは動き出した。


「・・・よし!とにかくギルドに顔を出すか」


つっかえる腹を押さえながら背にまたがる。

ゴーレムは太ましくなったベザレルなどものともせずに歩き出す。

小高い丘の上にある屋敷からまっすぐ南に続く目抜き通りを進んでいくと、田舎には不釣り合いな大きな建物にたどり着いた。


「乗り合い馬車は昨日出たばかりだから、とうぶん帰ってこないぜ?」

「・・・とうぶんとは?」

「あん?そりゃ、とうぶんったらとうぶんだよ。なんせレヴとユーク間にゃあ馬車が1台しかないかんな」


5〜6日後にはたぶん帰って来るさと受付の男はクローズの立て札を立てると受付の奥に引っ込んでしまった。

ここは総合ギルド支部。

様々なギルドの支部が集まる建物で、田舎では人や依頼が少なくギルド単体で稼げない場合が多いので、こうして支部同士がお金を出し合い1つの建物を使う事が多い。

ここレヴの町もその例にもれず、複数のギルドが1つの建物を共用していた。


(ーー長すぎる)


文句を言っても状況は好転しない。

気を取り直して今度は冒険者ギルドに足を向ける事にした。


「1つの建物にギルドが集まってると、こういう時は便利だよな」


独り言を呟きながら2つ隣のブースへ移動する。

魔物がはびこるこの世界では、一般人が護衛なしに町から町へ移動するなど自殺行為に等しい。

そんな世界で町間の移動手段は主に2つ。

交通ギルドが運用する乗り合い馬車を利用するか、冒険者ギルドで護衛を依頼するかだ。


「本日はどのような要件で?」

「ユークの町まで護衛依頼を出したいんですが」


ユークは南東の領境にあり、こことは違い王国内をぐるりと円を描くように通る"大街道"に近い事もあって、わりと賑わっている町だ。


「かしこまりました。・・・ただ当支部には所属冒険者が現在二組しかいないため、長期で町を離れる依頼は料金が割高になってしまいますが宜しいでしょうか?」


旨味の少ない町の冒険者支部なんてそんなもんだろうと納得する。

むしろこんな田舎町にギルド支部があるだけでもありがたいというものだ。

・・・ただ提示された金額には思わず顔をしかめてしまう。


「す、少しだけでもまかりません?」


全財産は母から貰った金銭だけ。節約出来るところはしておきたい。

受付嬢は困ったように笑みを浮かべながら、そうですねと少し思案してから口を開いた。


「移動の足・・・、馬や馬車はお持ちですか?」

「あー、馬車はないですけど荷運び用ゴーレムはあります。軍用だから馬力は保証できます」


鞄をひっくり返して(クビ直後にかってに申請した)ゴーレムの所有書を取り出す。それを見た受付嬢はぱぁと笑顔を浮かべた。


「軍用ゴーレムをお持ちなんてすごいですね!以前は軍にお勤めで?」

「いやぁ。首都で国家公務員を少しやっててツテがあっただけですよぉ」


きらきらと輝く敬意の笑顔に口角が上がっていく。

他人からの打算なき称賛に承認欲求がぐんぐん満たされていくのが分かる。


「・・・ごほん!申し訳ありません。少しはしゃぎすぎました。でしたら乗り合い護衛はいかがですか?」


しきりなおしてそう提案される。


「乗り合い、護衛?」

「はい。現在流れのパーティが一組いらっしゃるのですが、彼らは目的を達成しだいユークに移動するとの事なので、運が良ければすぐにでも出発できるかもしれませんよ?」


移動の足を提供して同じ目的地に向かう代わりに護衛してもらう。それが乗り合い護衛。

受付嬢いわく裏ワザというより、小ワザとの事だった。

受けてくれるかは相手次第だし、冒険者の当たり外れもあるので簡単には勧めないやり方らしいが、つまり紹介される程度には実力とギルドの信用がある冒険者たちなのだろう。


「わかりました。それでお願いします」


相手方に確認をとるので1日欲しいと言われ、とたんに暇になってしまった。

行くあてもないのでこれからどうしようかと花壇に腰掛けぼーとしていると、聞き慣れた声がベザレルの耳を叩く。


「ベル。久しぶりだな!」


引き締まった小麦色の身体。

力強くよく通る声。

人懐っこい快活な笑顔。

自分とは真逆の好青年が山のような野菜を担いで立っていた。


「どうした。ついに家を出るのか?」

「そーだよ。ひとたらし」


幼馴染のベントリーは悪態をつかれても嫌な顔ひとつせず、人懐っこい笑みを浮かべてベザレルの隣に座った。


「そうか。お前もついに再就職する気になったのか。めでたいな!」

「うぐぅ!」


無邪気な笑顔がゲスな心に残ったわずかな良心に突き刺さる。


「ま、まぁな?」


思わず声が上ずった。

いまさら友達のところに転がり込むつもりだったなどと言えない。

細かいところをはしょって現状を伝えると、幼馴染は出発の日取りが決まるまで自分の所に泊まれば良いとそのぶ厚い胸筋を叩いたのだった。




友達が良いやつすぎると自分のカスさがきわだってツラいと思うベザレルだった。

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