その魔具師は承認欲求を満たしたい
小塩五十雄
第1話
「ふっざけんな!」
ベザレルは怒りのままに届いた辞令をぐしゃぐしゃに握り潰すと、衝動のままに上司の部屋へと駆け出した。
クセのある黒髪を振り乱し、タレ気味の鈍色の目は今は怒りでつり上がっている。
「課長!これはどういう事なんですかッ!!」
「・・・いきなり失礼じゃないかね?マハラル君」
辞令を机に叩きつけられても課長は顔色ひとつ変えない。
逆にまるで想定通りと言うかのような余裕さえあった。
「失礼は
「ふむ、ただの辞令じゃないか。君も組織人なんだから、上からの通達にはおとなしく従うべきではないかね?」
「別にどこの課だろうとかまやしませんよ!」
魔具さえ作れるならね!と、ベザレルは辞令の一部を指さした。
課長はため息をつくと興味なさげに示された箇所を読み上げる。
「"魔具開発課は魔具造成課と生活魔具課のニ部門に分割。ベザレル・バロン・マハラルは生活魔具課へ異動を命じる"。・・・別にクビになったわけじゃあないんだよ?」
そう告げる課長の顔にはニヤニヤと底意地の悪い笑みが浮かんでいる。
体裁とか、上下関係とか、全て頭から吹っ飛ぶ。
怒りのままに机を勢いよく叩くと、衝撃で机に山積みにされていた書類の束が崩れた。
「公共機関で使用されている魔具の管理・運用・維持って、どうして俺が魔具開発から外されるんですか!」
ベザレルにとって魔具開発は三度の飯よりも大事だ。
生きがいと言っても良い。
最高の魔具を作るために最高の知識を求めて首都の学院に入学。
卒業してからはさらなる最高の環境を求めて死に物狂いの努力を続け、若くして魔具師の最高峰・
血反吐を吐いて手にした魔具師にとって最高の環境。それを今まさに取り上げられようとしている。
これが怒らずにいられるだろうか?
「さ〜て困ったなぁ」
煽るような声色にベザレルはぐぎぎと歯がみした。
(くくく、何が問題なのかなんぞ分かりきってるんだがな!)
歯がみするベザレルを見ながら課長は心の中でほくそ笑んだ。
目の前の若造が魔具作りに人生をかけている事など百も承知だった。
「組織がそうするべきと判断したからじゃないかね?一介の課長程度では分からんよ」
やる気のない言動にベザレルの苛立ちはぐんぐん増していく。
「管理も大事な仕事だよ?マハラル君。ま、新しい職場でもがんばりたまえよ」
そう言って課長は机の引き出しから金色のバッジを取り出してみせた。
M.I.C.Sという文字が刻まれた"それ"は辞令と一緒に自分に届いた銀色のバッジと似ていた。
すぐにそれが新しい課の身分証なのだとピンときた。
そして生活魔具課の自分に届いたのが銀色。ならあの金色のバッジはーー。
「このあいだ提出した魔具が上に評価されてねぇ。はれて栄転だよ」
なにをバカなと心の中で悪態をつく。
この上司が貴族の地位とゴマすりぐらいしか取り柄がない事は課内では有名だ。魔具製作をしているなんて聞いた事もない。
ふと落ちた書類に目がとまる。それは魔具の設計図と申請書の写しだった。
(こんな重要な書類を無造作に卓上に放置してるような奴が配属されて、なんで俺はーー)
ぼんやりと書類を見ているとふと既視感に襲われる。
それもそのはずで、それは少し前にベザレル自身が書いた魔具の設計図だった。
ただ提出者の欄には目の前の上司の名前が書かれている。
(ーーまさかこいつ
ぷつんと頭の中で何かが切れる音がした。
先ほどまで怒りで煮えたぎっていた頭が急速に冷え切っていく。
何度も申請書を却下して理由は説明しないとか、研究中にどうでもいい用事をさせるとか。その程度の小さな嫌がらせは我慢してきた。
だがこれだけはない。
あってはならない。
ミシミシと拳の中で銀バッジが悲鳴を上げる。
「まあ?私に頭を下げて頼むのなら口ききしてや「ふん!!」
銀バッジを握りしめた拳が課長の顔面に突き刺さる。
鼻血を噴いて仰向けに倒れていく上司を見ながら、ベザレルは「やっちまった」と天井を仰ぎ見た。
ベザレル・バロン・マハラル。
魔具作りの天才、神童とうたわれた青年はこうして
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