第2話 鬼教官の仮面と、奇妙な訓練と、嘲笑と

 翌朝。

 王立騎士団の第一訓練場は、夜明けの冷気と若者たちの熱気が混じり合う独特の空気に満ちていた。


 新人たちが教官の号令に合わせて木剣を振り、エリート候補生たちは模擬戦で火花を散らす。

 剣戟の音、気合の叫び、土埃の匂い。

 その全てが俺が知るゲームの世界をそのまま現実にしたような風景だった。


 はぁ……気が重い。


 俺の隣ではリナ・アシュフィールドが小さな身体をさらに縮こまらせ、怯えた子犬のように震えている。

 その様子は、田舎から出て来て初めての訓練に緊張しているというだけでは説明が付かない。

 想像でしかないが、団長室で会ったあとにどこかで俺の――カイエン・マーシャルという男の悪評を聞いてしまったに違いない。

 更に周囲から突き刺さる好奇と憐憫の視線が、彼女の萎縮に拍車をかけている。


「リナ・アシュフィールド」


 俺は努めて冷たい声で彼女の名を呼んだ。

 びくりと彼女の肩が跳ねる。


「貴様の最初の訓練だ」


 そして俺は訓練場の端を指で指し示す。

 そこに有ったのは人間大の大きな岩だった。

 何かを繋ぐためなのか、もしくは別の目的があるのかは俺にはわからないが、特訓を始める前に下見をしに来て見つけたものである。


「あそこにある岩を日が暮れるまで木剣の腹で叩き続けろ」

「え……?」


 リナが間の抜けた声を上げた。

 その瞳には命令の意味が理解できないという困惑がありありと浮かんでいる。

 まあ当然の反応だろう。

 剣の腹で岩を叩くなど、訓練としては意味不明で常軌を逸していると誰もが思うに違いない。


「返事は『はい、マスター』だ。二度言わせるな」


 俺がそう言い放つと、彼女は慌てて「は、はい、マスター」と頷き、おぼつかない足取りで訓練用の岩へと向かった。

 暫くしてぺちん、ぺちんと気の抜けた音が訓練場に響き始める。

 その音は周囲の鋭い剣戟の音にかき消されるほど頼りなかった。

 そんなリナの姿を見て、案の定すぐに周囲から囁き声が聞こえてくる。


「おい、見ろよ。カイエン教官の新人いじめが始まったぜ」

「あんな無意味なことをさせて何になるんだか」

「あの新人、可哀想にな。一週間もつかどうか……」


 ……今は好きなように言えばいいさ。

 俺は内心で彼らの嘲笑を一蹴した。

 俺がやり込んだ『アークス・サーガ・・・・・ ・・・・』には、表向きのステータスとは別に特定の行動を繰り返すことで上昇する【隠しステータス】というものが存在した。


 制作陣のこだわりがあまりに強かったためにそれは多岐に及び、設定資料集どころか大手攻略サイトにすら乗っていない隠しステータスの上げ方が発売後数年経ってもガチ勢によって発見されるという事例が出るほどだった。


 そしてその中の一つ。

 俺が発見した方法が、リナに命じた木剣で岩を殴り続けるという方法だった。

 木剣の腹で硬いものに衝撃を与え続けるという行為は、非効率ではあるが確実に【衝撃耐性】の隠しステータスを上昇させる。

 それだけではない。

 戦士として全てに係わる【スタミナ】も同じ動作を続けることで成長するのだ。

 これは後のスキル習得に必要不可欠な下準備に他ならない。


(そうだ。俺がリナに本当に教えたいスキルはこの苦行の先にある)


 そのことを彼らが知ったときにはもう遅い。

 俺は周囲の雑音をあえて無視して、ひたすら岩を叩き続けるリナを側で見守り続けたのだった。


 ◇     ◇     ◇


 時間はただ無情に過ぎていく。


 リナは涙目になりながらも言われた通りに岩を叩き続けていた。

 昼を過ぎる頃には彼女の手に握られた木剣は汗でぐっしょりと濡れていた。

 手の皮が破れ、血が滲んでいるのがわかる。

 それでも彼女は手を止めなかった。


「私は……騎士になるんだ……」


 そう小さく呟きながらただひたすらに、実直に俺の命令を遂行し続けている。

 その姿は痛々しく、そしてどこか健気でもあった。

 やがて西の空が茜色に染まり、訓練終了の鐘が鳴り響く。

 波が引くように訓練場から人が去って行く中、俺は岩の前にへたり込んだリナの元へ歩み寄った。


「今日はそこまでだ」


 そう言いながら俺はリナの手を取る。

 一日中岩を叩き続けたその手のひらの傷は、彼女の努力の証だ。


「治療室で手当をしてもらえ。明日も同じことをやってもらうからな」


 俺がそう告げるとリナは汗まみれの顔を上げて、こくりと頷いた。

 その瞳には恐怖と疲労の色はあれど、初日に見たような絶望はなかった。


(そうだ、それでいい……。今はただ耐えろ。その先に貴様の未来がある)


 俺は彼女に背を向けその場を去る。

 リナは自分の血が滲む手のひらと俺の背中を、何かを確かめるようにじっと見つめていた。

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