変わらぬ通勤路

のら

いつまでも

 8月上旬私もそろそろ30歳になる頃だ。

 今から話すことはそんな私が体験した話である。

 私が3年勤めた会社を辞め、次の仕事に選んだのは地元から離れた新天地での放課後等デイサービスの仕事だ。

 放課後等デイサービスというものは今では段々と世に知られ始めてはいるが、まだ皆に知られているものではないと私は思う。

 そんな放課後等デイサービスで私は保育士として障害児の療育に明け暮れる毎日を送っていた。


 放課後等デイサービスを知らない方へどういう場所か説明する。

 以下Wikipediaより引用。

 「児童福祉法を根拠とする、障害のある学齢期児童(小学校、中学校、高等学校に通う児童)が学校の授業終了後や学校休業日に通う、療育機能・居場所機能を備えた福祉サービスのことである。略して「放デイ」とも呼ばれている。」この呼ばれ方に聞き覚えのある方も多いのではないか。

 イメージしやすいもので言えば障害のある児童のみが通う学童クラブといったところだ。


 職場までの通勤は田舎道を車で1時間半くらいか走るものであった。朝は早く夜は皆が眠りの支度をする頃に帰宅する日々。

 往復の約3時間は流石に身体が応えた。

 そんな変わらない毎日の通勤に嫌気が差していた9月下旬。いつも通り仕事を終えると同僚に別れを告げて職場を後にした。

 職場のある地域は米所ということもあり、田んぼが所狭しとある印象である。

 職場を出てから数分後すぐに田んぼ道が見えてきた。

 街灯もあるにはあるが、間隔が広く街灯の下だけが照らされている感じであまり意味をなしていなかった。

 その日も田んぼ道は真っ暗であった。

 私の乗る車のヘッドライトでなんとか道がわかる程度。

 蛙の声を横目にゆっくりと車を走らせているとヘッドライトに照らされる形で足元から人が見えてきた。

 白いワンピースを着た黒色の長髪の女性であった。

 一瞬まずいものを見てしまったという驚きはあったが、私は元から霊感があるわけでもないですし、あんなにはっきりと幽霊が見えるなんて到底思わずただの人だろうとその女性の横を通り過ぎて行った。

 通り過ぎる時の女性の表情は辺りが暗いせいかその時はわからなかった。

 私はホラー映画や怖い話が好きな方の変わり者であり、幽霊を見れた方が楽だと常日頃考えていたが、実際にあのように見えてしまうと息を呑むようで声が出なかった。

 世の中にはそう見えてしまう状況もあると思い私はあの女性の印象だけで幽霊と思ってしまった申し訳なさにかられながらこの怖い体験を後日誰かに話せるなと考えていた。

 田んぼ道も過ぎ車の通りも多くなってきた。

 今日の晩御飯は何にしようかな?

 そんなことを考えているうちに先ほどの怖い体験もすっかり忘れていた。


 街灯の多い駅前の明るい繁華街も通り道であった。

 田んぼ道と打って変わって人通りも多く仕事帰りのサラリーマンらしいスーツの男性やOLのようなヒールの女性、塾帰りの学生たちが家路につこうとしている。

 ふとその人混みの中に目をやると歩く人だかりの中に立ちすくむ女性がいた。

 それは異様な光景であったのを今でも覚えている。

 段々とその女性に近づくにつれて私は確信した。見た目が先ほど田んぼ道で見た女性と同じであったのだ。

 あり得るはずがない。

 私が異様な光景に感じたのには理由があった。

 私以外の他の人にはその存在が見えていないように感じたからである。

 家路につこうと歩く人たちが女性の横を通るも誰も見向きもせずぶつかることもなく、ただ通り過ぎていくその光景が不気味であった。

 遠くに見えていたその女性のすぐそばまで車が近づいた。

 繁華街の明るさもあり、女性の表情ははっきりと見えた。

 笑っていた。

 怖さはあったもののやはり信用できるものではなく幽霊があんなにはっきりと見えるはずがないと疑う私がいた。

 ただ同じような人が居ただけのこととそう言い聞かせることで現実逃避していたのかもしれない。

 2度も怖い思いをし、今日はなんだかついていないなとため息を漏らしながらまだ通勤路の半分をきた所だった。


 繁華街を抜けるとまた田舎道が出てくる。

 私の地元も田舎であった。田んぼではなく畑ばかり。

 また街灯もない真っ暗な道で車を走らせていた。

 2度の怖い体験もあってかその時には家路を急ぐ気持ちも出てきていた。

 車通りも人気も無くなった頃、前方の信号機が赤に変わった。

 何も考えずに車を停車させた。

 何か違和感を感じた。

 その信号機は交差点でない押しボタン式の信号機であった。

 どういうことかというと歩行者が押しボタンを押さない限り車両用の信号機が赤になるはずがないのだ。

 信号機が赤に変わってからというものの辺りは変わらず人気がなく信号機が赤に変わった意味がわからなかった。

 その後もどのくらい待っただろうか。体感では数分待っていたように思える。

 怖さが蘇りその場から逃げ出したかったが、信号無視の違反もしたくない気持ちから待つことにした。

 だが一向に変わる気配がない。

 今日のこれまでの出来事を振り返るとあの女性が頭の中をよぎった。

 しかし辺りにその姿はなかった。

 ほっと胸を撫で下ろした時、左側のサイドミラーにバッグライトの赤色に照らされる何かがうつった。

 あの女性であった。

 白いワンピースであったが、バッグライトの灯りもあり、血に濡れた赤いワンピースにも見えた。

 怖くなった私は変わらない赤信号を無視してアクセルを踏んだ。

 初めての違反だった。

 バッグミラー越しに離れていくその女性を見ながら何も起こらないでくれと願い無我夢中で車を走らせていた。


 その後は家に着くまで何も起こらず玄関の鍵を開け、家の中で一息ついた。

 私は風呂に入らないと寝られないタイプでもあったので怖かったが、あの出来事を考えずに風呂に入り、忘れようと大好きなYouTubeを見ながらその日は眠りについた。


 朝が来た。

 出勤の為のアラームが部屋中に鳴り響く。

 急いで支度をし、その日も出勤した。

 昨日のことは忘れていなかった。

 あのことを思い出しつつ昨日と同じ通勤路を走る。

 あの女性がいた場所はいつもと変わらない光景だった。

 なんだったんだろう?

 そう思いながらそれからというもののあの女性の姿は見ていない。



    ※※※※※



 という話を私は夏夜の恒例行事であるバーベキューで友人に怪談話として披露していた。

 友人が驚いているなか、その背後で笑うあの女性がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変わらぬ通勤路 のら @kakikuiyuzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ