シャドウ・グローヴの窓

@_myzo

シャドウ・グローヴの窓

 アルフレッドが執務室で書類を整理していると、領主ガウェインとその弟セドリックが入ってきた。

「おやガウェイン様、セドリック様、手続きはお済みですか」

 従者頭のヒュー・グレンウッドが手を止めて声をかける。

「兄上は手当をいらんとおっしゃるのだ。何とか言ってくれないか、ヒュー」

 セドリックが汗を拭きながら椅子に腰を下ろす。

「ガウェイン様が手当を辞退されれば、我が領の支出は増えずに済みますがね」

 グリムヴェール家の一員として当然受け取るべき収入について、すでに散々ガウェインと議論したヒューは肩をすくめる。

「だがしかし・・・」

 アルフレッドが顔を上げると、ガウェインと目が合った。

 ぎこちなく腕を組んで本棚に背を持たせかけているガウェインは、黙ったまま微笑む。

 アルフレッドも小さく微笑み返し、また作業に戻った。


 領主の退位という前代未聞の出来事に直面し、城は慌ただしかった。

 新しい領主となるセドリック・グリムヴェールは、今までもずっと領主代理を務めてきたので、対外的にも実務的にも、そう大きな不安はなかったのだが、ガウェイン・グリムヴェールは、領地の統治にも戦の指揮にも優れ、主君であるヴェストニア国王の信任も厚い騎士であり領主だった。人々に多少の動揺がみられるのも当然だった。しかし、戦で大怪我を負い、利き手である右腕と右足に運動障害が残ったことで、騎士としては務められないとの診断を受けたガウェインが退位を決断したことは受け入れざるを得なかった。

 膨大な書類が作成され、さまざまな契約が交わされ、大勢の使いがグリムヴェール領の内外を行き来した。


 従者見習いであるアルフレッド・アストライアは、ガウェインに従って城を退く予定だった。

 彼は、ガウェインが戦に出ていた一時期、領主代理セドリックの助手を務めていたので、その引継ぎを行っていた。また、従者見習いとしてガウェインの退位に伴うさまざまな業務を補佐していたし、侍医の指示のもと、ガウェインの怪我の手当ても継続していた。

 さらに、公にはされていないが、この先グリムヴェール領の北東の小さな村フォレスト・エンド・ウィックで森番として新たな生活を始めるガウェインのために、森番小屋の改修やシャドウ・グローヴの森番を管轄するクロストルックの町への手続きなども手配していた。

 時折アルフレッドは怖くなった。

 この大騒ぎ、ヴェストニア国王をも巻き込む領主の退位、それは、ガウェインの怪我だけが理由ではなく、アルフレッドのせいでもあるのだ。


 決して公にできることではなかったが、ガウェインはアルフレッドを愛し、人生をともにする決意をしたのだった。そしてアルフレッドも、その、教会や社会に背く選択を受け入れた。二人はこれからフォレスト・エンド・ウィックで、シャドウ・グローヴの森番として生きていくのだ。

 その事実を知っている者は、城では従者頭のヒューだけだった。ヒューは、長年の主人であり、幼馴染で親友でもあるガウェイン、そしてかわいがっていた部下であるアルフレッドの選択を、渋々ながら受け入れた。

 一番身近な、一番の理解者であるヒューでさえそんな態度だった。ヒューの義弟、フォレスト・エンド・ウィックのまとめ役であるヘンリーのところに二人で挨拶に行った時、ヘンリーは決して丁重な態度を崩さなかったが、やはりたじろいでいるのは隠しようもなかった。ヘンリーの義母、ガウェインの乳母であるアグネスは、大切に育てたガウェインがそのような神を恐れぬ所業に手を染めたことを嘆いた。

 アルフレッドは、ガウェインという人間を愛するとともに、領主であり騎士であるガウェインのことも非常に尊敬していたから、ガウェインがそのような態度を取られることや教会に背くものとして扱われることが辛かった。それはアルフレッドに大きな罪悪感をもたらした。

 それに、アルフレッドには不安もあった。

 代々の領主家、貴族であるガウェインが森番としての質素な生活に耐えられるものだろうか。

「ガウェイン様は決して贅沢な方ではない」

 アルフレッドが小屋の改修や整えるべき調度について相談した時、従者頭のヒューはそう言った。

「戦に出た時などはろくな寝場所もないものだが、不平を言われたこともない。だが、お前の言う通り、領主としての生活しかご存知ないからな」

 実際には、ほとんどは弟に譲ったとはいえ、個人的な資産は残っていたから、一般的にいうほど貧しい暮らしが待っているわけではなかった。だが、現在の生活とは比べられるものではない。アルフレッド自身も貴族の出ではあったが、彼の家は貧しく、早くに両親に死に別れ、幼い頃から苦労をしてきた。現実というものを知っているだけに、不安は尽きなかった。

 私がガウェイン様を守らなければ。

 アルフレッドは唇を結び、一人で頷いた。

 それが私の選択、ガウェイン様の愛情に応えるということなのだ。

 そうは言いながらも、多忙な日々の合間にガウェインとこっそり見つめ合うような時には、ガウェインに対する想い、ほわほわとした幸福感が彼の胸を温めた。


 ガウェインは、書類にひとつずつ目を通し、丁寧にサインしていた。

 こうした作業や会議、儀式や宴会などのすべてが、今の彼にはアルフレッドにつながる道だった。

 ここに至るまでも、ガウェインは様々な道のりを経てきた。

 自分自身の感情、妻の孤独と密通、戦での大怪我。

 アルフレッドを傷つけもした。だがアルフレッドはガウェインを選んでくれた。

 彼らの選択は隠し通さなければならない、祝福されることのないものだった。かつての領主がそのような愛を選んだと知れたら、グリムヴェール家の名誉は失墜するだろう。

 ガウェインには、周囲を欺いているという罪悪感がないわけではなかった。しかし彼にとっては、守るべきものが変わっただけだった。

 彼は、アルフレッドの生真面目な口調、彼の身支度を手伝う時の真剣な眼差しや、怪我の手当てをする時の繊細な手つきを思い浮かべた。そして、ふと目が合った折に一瞬こぼれる表情。それは確かにガウェインに対する愛情に満ちていて、ガウェインの心を揺さぶった。

「まだ終わっていないのですか」

 ヒューが新たな書類の束を抱えて部屋に入ってくる。

 どうやらアルフレッドのことを考えているうちに、手が止まっていたらしい。ヒューが呆れたように言う。

「ガウェイン様、もう少しスピードを上げていただかないと、今日は眠ることができませんよ」そして他の者に聞こえないように小声で続ける。「あなたの従者見習いのことは、仕事が終わってから考えてください」


 ガウェインが医務室で待っていると、薬草を入れた籠を抱えたアルフレッドが駆け込んできた。

「お待たせして申し訳ありません、ガウェイン様」

「いや」

 もう一人の従者がガウェインの服を脱がせると、アルフレッドは背中の傷口に軟膏を塗り始める。それは、怪我をして城に運ばれた時からずっとアルフレッドが行っている治療だったが、近頃のガウェインには、アルフレッドの指の感触が強く意識された。

 ここが城でなく、他の人目がなければ、ガウェインはどのような振る舞いに及んでいたかわからない。

 だが、ここは城で、アルフレッド以外にも従者が付き添っていたし、それだけでなく、ガウェインはかつてアルフレッドを傷つけたことを心から後悔していた。

 アルフレッドと従者は包帯を替え終え、ガウェインが衣服を身につけるのを手伝った。

 医務室を出る時、従者の目を盗んでアルフレッドの指に触れると、そのほっそりとした指先は、ガウェインの温もりを求めるようにかすかにふるえた。


 夕立が中庭の薬草畑を叩いているのを、ヒューはぼんやりと眺めていた。

 ヒューの傍では、もうすぐ元主人となるガウェインと、元部下となったアルフレッドが挨拶を交わしていた。

 アルフレッドは明日、フォレスト・エンド・ウィックへ旅立つのだった。彼はすでに城での地位を返上していた。実務的な引継ぎが済み、森番小屋の改修も終わったため、まだ公的な手続きや挨拶回りの残っているガウェインより一足先に森番小屋での生活を始めることになっていた。

 領主と従者見習いとしては公式には挨拶を済ませていたのだが、ヒューは気を利かせて二人の時間を作ってやったのだった。

 ここ一年ほどはずっと、業務を通して側にいたのだ。想いが通じ合ったところでしばらくの別離になるというのはやはり辛いものだろう、と思いやり深いヒューは考えた。それに、うっかり人前で愁嘆場など演じられては誤魔化しもきかないというものだ。近頃のガウェイン様ときたら、以前とは別人のようだからな。

 ヒューはガウェインの乳母の息子だったので、彼を幼い頃から知っていたが、ガウェインというのはまったく領主向きというか、あまり自分を主張しない、抑制された性格だった。ヒューは密かに、人間としてのガウェインを案じていたぐらいだった。

 そのガウェインは今、心配そうにアルフレッドに何か言っていた。アルフレッドは笑って手を振っている。

「しかし一人では・・・」

「せいぜい一週間ほどの行程です。初めての場所でもありませんし、そんなに心配なさらなくても・・・」

「だが・・・」

 ヒューがわざとらしく大きなため息をつくと、二人は驚いたようにこちらを見る。

 まったく、私の存在を忘れるなんて、ガウェイン様もアルフレッドもいい気なものだ。それになんという過保護なことを言っておられるのだ、ガウェイン様は。

 ヒューは冷たく言った。

「ガウェイン様、そろそろ戻りますよ。あまりゆっくりしていては怪しまれます」

「ああ」

 ガウェインは頷くと、アルフレッドを抱きしめた。アルフレッドがヒューを気にして離れようとするが、ガウェインの腕は動かない。

 ヒューは大げさな動作で顔をそむけた。

 夕立の音が一段と激しくなり、ガウェインの囁いた言葉はヒューには聞こえなかった。


 夏の夕暮れは柔らかな薔薇の香りがした。

 アルフレッドは立ち上がると、再び小屋のあちこちを見て回った。

 小屋の入り口の外に据えられたテーブルに座っている大アグネス、ガウェインの乳母は、アルフレッドに向かって鼻を鳴らした。

「私がちゃんとガウェイン様のために確認したんですからね」

 そういう大アグネスも、先ほどから何度も首を伸ばして道の向こうを気にしていた。

 昨日、ガウェインがようやくこのフォレスト・エンド・ウィックの村はずれ、シャドウ・グローヴの森番小屋にやって来ると、使いが来たのだった。

 この数週間、アルフレッドは、何かにつけ口を出そうとする大アグネスとともに、森番小屋の生活を整えていた。体の不自由なガウェインのための立派な寝台、動きやすいような配置、ガウェインの好む簡素な装飾。町での手続き、診療所や食料品の手配など。

 また、大アグネスはアルフレッドに、ガウェインの好物だというじゃがいものスープや、時折ストーンヘイヴン城にも送っていたという林檎のジャムのレシピを教えた。


 大アグネスは、初めてガウェインがアルフレッドを伴ってフォレスト・エンド・ウィックを訪れた時、ガウェインが領主を退位すると聞いて驚き、シャドウ・グローヴの森番として村はずれに住むと聞いて喜び呆れ、アルフレッドと一生をともにすると聞いて嘆いた。

「どうしてそんな酔狂なことを」

 乳母は眉をしかめてぶつぶつ言った。

「ガウェイン様なら、もっと当たり前の幸せが得られるでしょうに」

「アグネス。お前に理解しろとは言わない。だが、アルフレッドは私にとってかけがえのない存在なのだ。それだけはわかってほしい」

 彼女にとってはかわいい乳飲み子、大切な主人であるガウェインがあまりに穏やかな確信に満ちていたので、大アグネスもそれ以上は何も言わなかった。そして、アルフレッドが森番小屋での生活を始めてからは、毎日のように小屋に手伝いにやってきて、まるで姑のような態度でアルフレッドにあれこれと指図した。


 アルフレッドは幼い頃から人の話を聞くのが上手だった。

 大アグネスも、決してガウェインとの仲を認めたようではなかったが、アルフレッドにあれこれと話をするようになった。とめどなくあふれる幼い頃のガウェインの思い出、家を離れてなかなか戻ってこない息子たちに対する愚痴。

 アルフレッドは乳母の話を、静かな共感をもって聞いていた。

 その合間に、ガウェインのことを考えた。

 城で感じていた不安は、今ではそう強く意識されなかった。それよりも、本当にガウェインがこの森番小屋にやってくるのかどうか、その不安の方が大きかった。

 そして、待ちわびているガウェインとの再会、その時に訪れるはずの二人きりの時間の方が問題だった。

「アルフレッド様、あんたはちゃんとガウェイン様を楽しませることができるんだろうね」

 森番小屋の奥の寝室で、怪我の後遺症が残るガウェインのために用意した立派な寝台を目にした時、大アグネスはじろりとアルフレッドを見て、年寄りならではの遠慮のなさで言った。

 アルフレッドはどぎまぎして、壁際に置いた小さな寝台を指した。

「私の寝台はあちらです・・・」

 それから、一層アルフレッドはそのことを意識した。


 かつてアルフレッドは一度だけ、ガウェインと唇を重ねたことがあった。

 だがそれは甘い記憶ではなかった。

 当時のアルフレッドは、姉の夫だったガウェインに対する想いを抑えようとして苦しんでいた。そんなある時、視察に赴いた先の宿で、ガウェインはいきなりアルフレッドを押し倒した。圧倒的な力で抑え込まれ、唇を奪われたアルフレッドが慄いたのは、自分の気持ちが知られてしまったのではないかということだった。

 彼は、教会に背くことが周囲にどのような反応をもたらすかを知っていたし、姉を裏切ることも恐れていた。その時ガウェインは途中で思いとどまったから、彼らの間にはそれ以上のことはなかったが、その夜のことは、アルフレッドの心に傷を残した。

 想いが通じ合った後、ガウェインはその時のことを詫び、アルフレッドに頭を下げた。

 アルフレッドはもちろんその謝罪を受け入れたが、いま、こうして近いうちに訪れる二人きりの時間、二人の寝室を目の前にすると、気持ちの昂ぶりの底で、心の傷がわずかに疼いた。


 そして今、アルフレッドは大アグネスとともに、ガウェインの訪れを待っていた。

 一通り小屋の内外を見て回り、アルフレッドはまた落ち着かなげに外のテーブルに腰を下ろした。

「乳母様、もしかすると今日は来られないかもしれませんね」

「使いは今日だと言ったのでしょう」

「ええ・・・」

 その時、村に続く道の向こうで蹄の音がした。

 黒い大きな馬、その隣をゆっくり歩く背の高い姿。

「ガウェイン様!」

 大アグネスが笑顔でガウェインに近づく。

 アルフレッドも立ち上がったが、足は動こうとしなかった。あまりに強い感情があふれ出し、足元を固めてしまったようだった。

「久しぶりだな、アグネス。これから世話になる」

「山道は大変でしたろう」

 そう言いながら乳母は小屋の裏手に水を汲みに行く。

 ガウェインの愛馬、スレイプニルがいそいそとアルフレッドに近寄ってくる。そして、ガウェインも。

「アルフレッド」

「ガウェイン様・・・」

 名前を呼ばれると急に胸がいっぱいになって、アルフレッドは何も言えなかった。

 ガウェインが微笑み、不自由な方の手をゆっくりと差し出す。

 その手には、小さな野ばらが握られていた。

 アルフレッドが目で尋ねると、ガウェインは照れたように言う。

「私の気持ちだ」

 そしてアルフレッドのチュニックの、美しくかがられた紐穴に花を差し込む。

「これはこの村の織物だな」

「ええ。乳母様が譲ってくださったのです・・・」

 ふと横を見ると、バケツを抱えたまま、大アグネスが口をあんぐりと開けて二人をまじまじと眺めていた。

 ぶるる、とスレイプニルが笑った。


 台所には温かいスープの匂いが漂っていた。

「お前は本当に何でもできるな、アルフレッド」

 嬉しそうにスープを口に運びながらガウェインが言うと、大アグネスが憤慨したように言う。

「私が教えたんですよ」

「もちろんだ。懐かしい味だ」

 そして乳母の息子、ヒューの近況を話し始めると、アグネスは機嫌が良くなった。

 二人の会話を聞きながら、アルフレッドはもそもそとパンをちぎっては口に入れていたが、それはほとんど味がしなかった。

 ガウェインがそこにいる。

 茶色い瞳に温かな光が宿り、口元には穏やかな笑みを浮かべている。

 アルフレッドはなんだか夢を見ているような気持だった。自分がどんなにこの再会を待ち焦がれていたのかに気づくと、少し恥ずかしくなって、ガウェインの方を見ることができなかった。

 後片付けを済ませると、大アグネスはおもむろに寝室の方に顔を向け、そしてガウェイン、アルフレッドと順番に視線を移した。

「首尾よくやるんだよ、アルフレッド様」

 暗殺でも命じるかのような怖い顔でそう言うと、乳母は、ガウェインには笑顔でおやすみなさいませと言って小屋を立ち去った。


 森番小屋には突然静寂がたちこめた。

 先ほどの乳母の言葉をまともに浴びたせいか、アルフレッドは赤くなって俯いていた。

 そんなアルフレッドの姿を見ると、ガウェインは急に喉の渇きを覚えた。

 慌ててジョッキのビールを喉に流し込み、小さく息をつく。

「アルフレッド、薬を塗ってくれないか」

「はい」

 アルフレッドも少し焦ったように立ち上がった。

「申し訳ありません、ガウェイン様。忘れておりました。マッサージもいたしましょう」

 ガウェインは、天蓋のついた寝台に服を脱いでうつぶせになった。アルフレッドは枕元の蝋燭に火を灯すと、寝台の端に座ってガウェインの背中に指をすべらせた。

 ガウェインは目を閉じて、アルフレッドのほっそりとした指先の感触を味わっていた。

 窓の外は陽が沈みかけていた。アルフレッドを見上げると、蝋燭の明かりが、少し強張ったアルフレッドの顔を照らした。

 ここは城ではない、人目もない。だが、とガウェインは苦い思いを噛みしめた。焦ってはいけない。もう決してアルフレッドを傷つけてはいけない。


 アルフレッドは、ガウェインのがっしりとした肩、そして太い腕を、黙って丁寧に揉んでいた。しかし、頭の中では、乳母の言葉がうろうろと彷徨っていた。

 首尾よくやる。ガウェイン様を楽しませる。首尾よく楽しませる・・・?そんなことができるだろうか。

 彼は経験がないわけではなかった。だがその時は愛情がなかった。今、アルフレッドは、ガウェインに触れているだけで胸が高鳴った。その先の期待に体が熱くなった。そんな自分が恥ずかしくて、とてもガウェインの傍にいられるものではなかった。

 今や沈黙はうるさいぐらいにアルフレッドを取り囲んでいた。

「ガウェイン様・・・」

 耐えきれずにマッサージの手を止め、アルフレッドが囁くと、ガウェインはゆっくりと身を起こした。アルフレッドの隣に並んで腰をかける。蝋燭がゆらめいた。

「アルフレッド。いつかの夜を覚えているか。私がお前を襲った夜だ」

 思いがけない言葉に、アルフレッドは目をぱちぱちさせた。

「・・・ええ」

「改めて謝罪したい。あの時は本当に悪かった。

 私はあの時、欲望のままに振る舞った。私は愚かで・・・。お前のことを愛していることがわからなかった」

「ですがガウェイン様。ガウェイン様は、途中で留まってくださいました」

「ああ」

 ガウェインはアルフレッドの目を見つめ、申し訳なさそうに微笑んだ。

「だがお前を傷つけたことに変わりはない。すまなかった」

「いえ。でも今はこうして・・・」

「そうだ」

 ガウェインは頷いた。

「今は、愛情の証としてお前を求めている。私を受け入れてくれるか、アルフレッド」

 アルフレッドは息を飲んだ。

 その言葉は、アルフレッドが今まで知らなかった、圧倒的な愛だった。これまでの不安や心配が、ガウェインの真摯な眼差しの前に溶けていった。アルフレッドの体は再び熱を帯びた。

 ガウェインがアルフレッドの背中に手を回した時、アルフレッドは耳まで真っ赤になって俯いたが、そのまま黙ってガウェインの体に身を預けた。


 ガウェインがアルフレッドのベルトに手をかけると、アルフレッドは一瞬びくりとした。

 ガウェインは、小さくなった蝋燭の明かりがわずかに照らし出しているアルフレッドの顔を覗き込む。

 アルフレッドは小さく頷いた。

 ベルトが床に落ち、とさ、と音を立てた。

 それから、上着を脱がせ、チュニックの紐をほどいてゆく。ガウェインの不自由な手には、紐は少し扱いづらく、それはずいぶん時間がかかった。

 アルフレッドは息を震わせて囁いた。

「ガウェイン様、自分で・・・」

「私が脱がせたいのだ」

 アルフレッドを見つめると、熱く濡れた眼差しが返ってきた。

 ガウェインも息が乱れていた。

「手を上に」

 苦労してチュニックを脱がせると、まだアルフレッドの体は薄手のシャツに包まれていた。

 ガウェインが思わず笑うと、アルフレッドもつられたように微笑んだ。

 蝋燭が一瞬大きく揺らめき、青い光を二人に投げかける。

 アルフレッドが手を伸ばして蝋燭を消すと、寝室は闇に沈み、アルフレッドの白く薄いシャツと、白い肌がぼんやりと浮かび上がった。

 ガウェインはアルフレッドを引き寄せた。

 アルフレッドの顔にはまだ微笑が浮かんだままだったが、布越しにガウェインの指が触れると、その微笑みは甘い吐息に変わった。


 窓から見える空は抜けるように青かった。

 ガウェインが目を開けると、隣でアルフレッドも目を覚ますところだった。

「おはよう、アルフレッド」

「おはようございます」

 挨拶をするアルフレッドの声はいつもより掠れていて、昨晩の親密な時間を思い出させた。

「・・・体調はいかがですか」

 真面目な、だが少し気恥ずかしそうなアルフレッドの表情を見ると、ガウェインの胸をしみじみと幸福感が充たした。

「とても良い。こんなに素晴らしいものだとは」

 ガウェインはアルフレッドを引き寄せながら言った。窓から差し込む日差しの中で素肌が触れ合う。

「周りがずっと色鮮やかに見える」

 アルフレッドの黒い瞳にほっとしたような表情が浮かび、そして潤んだ。

 ガウェインが唇を寄せると、アルフレッドは目を閉じて受け入れた。

 と、

「アルフレッド様!」

 台所の方で大アグネスの声がした。

 アルフレッドは慌てて、しかしガウェインの腕をそっと外すと、寝台を下りて床に散らばった衣服を身につけ始めた。

「アルフレッド様、まだ寝てるんですか。ガウェイン様の朝食の支度はどうなっているんです」

 声がどんどん寝室に近づいてくる。

 アルフレッドは、いつに似ず上着の紐を結ぶのに手間取っていたが、なんとか服装を整えると、寝室を飛び出て行った。後にアルフレッドの言葉が残った。

「ガウェイン様、後でお支度にまいります」

「まあ、なんですか、アルフレッド様、そんな乱れた格好で」

 大アグネスの声が響く。

「ちゃんと紐が通っていないじゃありませんか。それにズボンも前後が逆ですよ。まあ、その様子なら、ガウェイン様もお楽しみだったみたいだけど」

 アルフレッドは恐らく顔を真っ赤にしているのだろう。

 ガウェインは微笑み、ぎこちない動きで寝台を降りた。


(終わり)



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