第3話

第六章 海辺の未来、キスの記憶

1. 鎌倉の風、ふたりの午後

敬人と美咲は、朝からドライブに出かけた。

目的地は鎌倉の海。

夏の終わりを告げるような、少しだけ涼しい風が吹いていた。

車の窓を開けると、潮の香りがふわりと入り込む。

美咲は助手席で笑っていた。

「敬人くん、運転うまいね。意外!」

「意外ってなんだよ。俺、剣道しかできないと思ってた?」

「うん。あと人体模型いじるのが趣味な人かと」

「それは否定できない……」

ふたりは笑い合った。

まるで、何年も付き合ってきた恋人のように。

海岸に着くと、敬人は靴を脱いで砂浜に足を踏み入れた。

美咲も続いて裸足になり、波打ち際を歩く。

波がふたりの足元をさらう感触。

(妙にリアルだな……でも、なんか微妙に違和感が……この砂の感じ、ちょっと軽すぎる?)

「冷たっ!」

「でも気持ちいいね」

波がふたりの足元をさらい、また戻っていく。

その繰り返しが、時間の流れを忘れさせた。

2. 夕暮れの約束

日が傾き始めると、空は淡いオレンジに染まった。

敬人と美咲は、海辺のベンチに並んで座った。

「ねえ、美咲。将来の夢ってある?」

敬人がぽつりと聞いた。

美咲は少し考えてから、笑顔で答えた。

「うん。働いて、結婚して、子どもができて……家族で海に遊びに来るの。今日みたいに」

敬人はその言葉を聞いて、胸がきゅっと締めつけられた。

——自分は、その未来にはいない。

でも、不思議と悲しくはなかった。

(俺がいない世界でも、美咲が笑っていてくれたら、それだけでいい)

敬人は、目を閉じて想像した。

小さな子どもが美咲の手を引いて、波と戯れている。

その隣には、優しそうな男性がいて——

(それでいい。俺は、今ここにいられるだけで)

3. 夜の海と、初めてのキス

空がすっかり暗くなっても、ふたりは帰ろうとしなかった。

波の音だけが、静かに響いていた。

「敬人くん……寒くない?」

「ううん。むしろ、心があったかい」

美咲は敬人の手をそっと握った。

敬人は、その手を見つめてから、ゆっくりと顔を近づけた。

「……ねえ、キス、、」

美咲は何も言わず、目を閉じた。

敬人は、そっと唇を重ねた。

それは、優しくて、切なくて、永遠のような一瞬だった。

キスのあと、美咲は敬人の肩に頭を預けた。

「ねえ、敬人くん。今日のこと、ずっと覚えててね」

敬人は頷いた。

「うん。俺の中で、ずっと生き続けるよ」

——余命3ヶ月。

でも、今この瞬間だけは、未来を生きているようだった。

波の音が、ふたりの記憶を包み込む。

鎌倉の夜は、静かに、そして美しく更けていった。



第七章 鎌倉ラブホ・シンフォニー

1.鎌倉の夜、そして決意

鎌倉の海辺をあとにした二人は、静かに車を走らせていた。

車内には会話がなかったが、不思議と気まずさはなかった。

(……言わなくてもわかる。今日は、特別な日になる)

敬人は心臓がバクバクしながら、ハンドルを握る。

美咲が、そっと囁いた。

「……このまま帰るの、ちょっと寂しいね」

「……うん。俺も」

二人の視線が交わる。

信号が青に変わるのと同時に、敬人はアクセルを踏んだ。

そして——。

「……寄っていく?」

美咲の声は小さかったが、夜の静けさの中で確かに響いた。

敬人の鼓動は、もう剣道の試合どころではなかった。

2.ラブホテルという宇宙

鎌倉から横浜へ戻る途中の国道沿い。

ネオンがやけに眩しい建物が目に入った。

「……入る?」

「……うん」

駐車場に車まるで宇宙船に乗り込むように二人は足を踏み入れた。

を停めると、

エレベーターの中。

美咲は何も言わなかったが、手を強く握っていた。

部屋のドアが閉まる。

——そこは、まるで異世界。

間接照明、巨大なベッド、やたら豪華なマッサージチェア。

バスルームにはバラの花びらが浮いている(サービスらしい)。

敬人は深呼吸をした。

(……俺は今、宇宙の神秘に挑もうとしているんだ)

3.初めてのセックス

服を脱ぐ音が、静かに重なる。

恥ずかしさと緊張。

それでも、美咲の微笑みが敬人を包み込んだ。

「……大丈夫。ゆっくりでいいから」

その言葉に、敬人の全ての恐怖が溶けていった。

唇が重なり、指先が肌をなぞる。

お互いの温度が、確かめ合うように重なり合う。

敬人の頭の中は真っ白だった。

ただ、目の前にいる美咲が愛おしくてたまらなかった。

「敬人くん……」

「美咲……」

そして——ふたりは結ばれた。

(これが……人の温もり……)

敬人の胸に涙が溢れた。

行為はぎこちなかったが、心はひとつだった。

時間が止まったかのように、二人は1時間ものあいだ互いを求め続けた。

——その瞬間だった。

4.世界がぱっと明るくなった

「……え?」

目の前が、いきなり白い光に包まれた。

敬人もベッドも、美咲も、ラブホの照明も——全部が溶けるように消えていく。

代わりに現れたのは、リビングのソファと大画面モニター。

そして、ヘッドセットを外された美咲の顔。

「……お姉ちゃん、性癖相変わらずだね」

そこにいたのは、美咲の妹・美幸だった。

腕を組み、呆れ顔で姉を見下ろしている。

「……え? え? 何これ!?」

美咲は頬を真っ赤にして叫んだ。

美幸は冷たく言い放つ。

「そんな2時間もするVRよく見てるね。……もしかして一番いいシーンだった⁉︎

5.VRと現実

美幸は容赦なくヘッドセットを外して、テーブルに置いた。

「ほらほら、ゴーグルとかヘッドセット外して。現実に戻ってきなよ」

「ちょっと待って! じゃあ……敬人くんとの鎌倉デートも、初キスも、ラブホも……」

「ぜーんぶVR。お姉ちゃんの妄想世界」

「お姉ちゃん、かなり、悶えていたわよ、キモッ」

「うそおおおおお!!!」

美幸は肩をすくめた。

「ていうか、早く準備しなよ。敬人さんが迎えに来てるわよ」

「……え?」

美咲が玄関の方を見ると、本当に敬人が立っていた。

スーツ姿で、花束を持って。

「美咲さん。今日は一緒にドライブでもどうですか?」

—現実の敬人は、まだキスすらしていない。

だけど、その笑顔は、VR以上に温かかった。

美咲は顔を真っ赤にして立ち上がり、思わず叫んだ。

「ちょっと美幸!! 先に言ってよ!!!」

「言ったら面白くないじゃん」

美幸はニヤリと笑った。


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余命半年ラブ・チャレンジ!〜医学部卒イケメン、未経験のまま死ねるか〜 奈良まさや @masaya7174

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