第2話

第五章 BBQ会議〜理想のセックス大討論会〜

1. 河川敷のBBQ会場にて

合コンから一週間後。

横浜の多摩川河川敷で、メンバー全員でBBQをすることになった。

敬人は折りたたみ椅子に座り、炭火で焼かれる肉を見つめながら思った。

(残り3ヶ月か……時間が経つのって、こんなに早かったっけ)

「敬人〜、お肉焼けたよ〜」

美咲が笑顔で皿を差し出してくれる。

「ありがとう……」

この一週間で、美咲とはLINEを交換し、何度かカフェにも行った。

だが、まだ手すら握っていない。

——いや、握ろうとしたことはある。

だがその瞬間、「俺がもし死んだら、彼女はどう思うだろう」という罪悪感が襲い、手を引っ込めてしまう。

そんな敬人の葛藤を知ってか知らずか、翔太が突然叫んだ。

「よっしゃ! 今日は"敬人の理想のセックス会議"を開催するぞ!」

「は!?」

美咲は慌てたが、なぜかみんなは異常に乗り気だった。

(なんで女子がこんなに積極的なの? 普通、もっと恥ずかしがるもんじゃ……?)

「いや、待って待って、なんで女子がいるBBQでそのワード出すの!? 翔太、お前、空気読めないのサイコパスじゃん!」

2. 勝手な妄想大会の始まり

「え、ちょっと待って! 女子もいるのに!?」

敬人は慌てたが、女性たちは意外にも乗り気だった。

「いいじゃない! 恋愛相談みたいなもんでしょ?」

「敬人くんの好みを知りたい〜!」

かくして、河川敷BBQ会場で、奇妙な”性癖討論会”が始まった。

まずは豪が口火を切る。

「俺の予想だと、敬人はドSだな。剣道やってたから、きっと相手を押さえつけて……」

「やめろ!!」敬人が顔を赤くして叫ぶ。

「いや、剣道とドSは関係ないだろ!? どんな偏見だよ!」

すると佐伯が反論する。

「いやいや、敬人は絶対にドMだよ。医学部時代、教授に怒られるたびに嬉しそうだったもん」

「それは違う意味だ!!」

「いや、あれはテストの点数が悪くて怒られてただけだろ! 嬉しくねえわ!」

さらに翔太が追撃。

「俺は“制服プレイ”に1票。白衣とか看護師服とか、絶対好きでしょ?」

美咲「看護師服って、私の職業……」

敬人「あ、あの、僕は別に……」

だが美咲は微笑んで言う。

「でも、コスプレは楽しそうだよね? 敬人くんは何か着せられたい服とかある?」

敬人の脳内が混乱する。

(え? 着せられたい服? そんなこと考えたことない! でも急に聞かれると……メイド服? いや、それは違う! えーと……)

「いや、急に聞かれても、そんなおしゃれな答え出てこないだろ! 『お医者さんごっことか』って答えればいいのかな!? 違うか!」

3. エスカレートする妄想

女子陣も参戦し、話はどんどんエスカレートした。

美咲の友人・ゆかりが言う。

「敬人くんって真面目そうだから、逆に変態なパターンじゃない? 例えば……緊縛とか」

「しばり!?」敬人の目が点になる。

すると佐伯のいとこ・あかねが続ける。

「私は“野外プレイ”だと思うな〜。こんな河川敷とかで……」

「ここで!?」敬人がBBQコンロを見回す。

豪「いいねえ! 星空の下で愛し合うとか、ロマンチックじゃん!」

翔太「でも蚊に刺されるよ?」

美咲「虫除けスプレーを持参すればいいのよ!」

敬人(なんで実用的な話になってるんだ!?)

「いや、そういう話じゃないだろ! なんでみんなめちゃくちゃ乗り気なんだよ!」

さらに、ゆかりが爆弾発言をする。

「あ、そうそう! “3P”とかもありかも〜!」

「3P!?」

敬人の心臓が止まりそうになった。

——3P。

それは敬人にとって、宇宙のかなたにある概念だった。

1Pすら未経験なのに、いきなり3P。

しかし、不思議なことに、嫌悪感はなかった。

むしろ……

(もし俺が3年生きられたら……いや、5年生きられたら……そういうのも経験してみたかったかもしれない)

4. 敬人の心の変化

話が盛り上がる中、敬人は静かに自分の気持ちを見つめていた。

(みんなが言ってること、どれも面白そうに聞こえる。制服プレイも、野外も、緊縛も……全部やったことないから、想像するしかないけど)

コップに注がれたビールを見つめながら、敬人は思った。

(俺、今まで”セックス”を1つの行為としてしか見てなかった。でも、こんなにたくさんの楽しみ方があるんだ)

いっぱいあるんだなぁ。

そしたら全部、試してみたかった。

美咲と制服プレイをして。

ゆかりと野外で愛し合って。

あかねと緊縛を……

(いや、それは浮気になるのか? でも3Pなら大丈夫? 線引きがよくわからない)

「いや、まず誰と誰と3Pするんだよ! 全員でとか、もはやただのパーティーじゃん!」

敬人の頭はぐるぐる回った。

だが、その時ふと気づく。

——俺は今、“死”のことを忘れている。

残り3ヶ月という現実を忘れて、まるで何年も生きられるかのように、いろんなセックスを想像している。

(これって……幸せなことなのかな)

5. 美咲の一言

そんな敬人の様子に気づいたのか、美咲がそっと隣に座った。

「敬人くん、大丈夫? なんか複雑な顔してるけど」

「あ……うん。ちょっと考えごとを」

「みんなの話、どう思った?」

敬人は正直に答えた。

「……全部、やってみたくなった」

美咲は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。

「それって、すごく素直だと思う。私も……敬人くんと、いろいろ試してみたいかも」

敬人の心臓がドキンと跳ねた。

「本当に?」

「うん。でも……」

美咲は炭火を見つめながら続けた。

「3ヶ月って短すぎるよね。全部試すには」

敬人は胸が痛んだ。

——そうだ。時間がない。

みんなが楽しそうに話してる間も、俺の体の中では癌細胞が増殖している。

「……うん。短すぎる」

「だったら」美咲が敬人の手を握った。「1つ1つを、すごく大切にしようね」

敬人は涙が出そうになった。

——この人は、俺の”余命3ヶ月”を受け入れて、それでも一緒にいてくれる。

「ありがとう……」

そのとき、豪が大声で叫んだ。

「おーい! イチャイチャするのは後にして、肉が焦げてるぞ〜!」

「あ、やばい!」

敬人と美咲は慌てて立ち上がった。

——余命3ヶ月。

だけど今この瞬間は、まるで永遠のように感じられた。

BBQの煙が夕空に消えていく中、敬人は思った。

(俺の理想のセックス……それは、愛する人と心から笑い合えることかもしれない)



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