ブロークンコンソート:魂の歌声

田野緋海

第1話   長く困難な旅ー(1)

歓声が、爆ぜた。

まるで大地そのものが震えているようだった。


「大統領、準備が整いました。会見場へ」

受話器越しに、群衆のざわめきと低い声が同時に流れ込む。


ジェームス・オステルマンは、銀の指輪をはめた薬指をそっと撫でた。

その冷たさが、胸の奥の緊張をさらに研ぎ澄ませる。


——今日、カリフォルニアはアメリカから独立する。


白亜の会議事堂前には、各国の報道陣がひしめき、市民が規制線を押し破らんばかりに集まっている。

祝祭の熱気と、暴動寸前の空気が入り交じっていた。


「急ぎましょう、大統領」

護衛の低い声が背後から迫る。


ロタンダの円形広場に足を踏み入れると、天井のモザイクが巨大な瞳となって彼を見下ろしていた。

それは祝福なのか、審判なのか——。


壇上では、友であり同志のマイケル・スチュアートが彼を待っていた。

グレーのスーツに、淡い青のネクタイ。視線は群衆の先へ向けられ、口元だけが動く。


「遅いぞ」

「原稿を暗唱するのに手間取った」

「全部、入れたのか?」

「……大丈夫だ」


マイケルの目が細まり、かすかに笑う。

「そのタイ、正解だな。——さあ、一世一代のショウだ」


ジェームスは壇上に歩み出る。

三年前、誰も予想しなかった瞬間。

そして今、群衆の前に立つ大統領となった。


「——私たちは、権力に屈せず独立を勝ち取りました!」


高く掲げた拳に、割れんばかりの歓声が応えた。

だが彼の胸の奥には、失った友の顔と、これから始まる長く困難な旅の予感があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る