第11話

ドアのベルが小さく鳴って、店を出た瞬間、私は少しだけ息を吐いた。


空はまだ明るくて、夕方の光が街を柔らかく包んでいる。


遠くから聞こえる車の音や人の声が、まるで自分たちだけが別の時間にいるような気にさせる。


「私が誘ったから、私が払うのに」


そう言いながら、財布を握る手に力が入る。


みっちゃんはいつも、何も言わずに支払いを済ませてくれる。


それが優しさだってわかってる。


でも、その優しさに甘えることは、良くない気がする。


それに慣れてしまったら、自分の足で立つことを忘れてしまいそうで。


「いいって」


ポケットに手を突っ込んだままの彼の声は、いつも通りぶっきらぼうで、


でも、どこか優しさがにじんでいた。


本当に気にしてなさそうだけど、

それが逆に、私の中の“申し訳なさ”を強くする。


「ごめんね、遊ぶ度に奢ってもらってばっかで…」


言葉にすると、急に自分が小さく感じる。


みっちゃんといると、なんだか甘えてしまってるように思う。


「気にすんな」


その一言に、少しだけ安心する。

でも、完全には拭えない。


「ありがとう」


その言葉には、いろんな感情が詰まっていた。


歩道の影が長く伸びていて、ふたりの影が並んで揺れていた。


その並び方が、なんだか心地よくて、でも、少しだけ切なかった。


並んで歩いているのに、心の距離は、まだ測りきれない。


「家まで送ってこうか?」


このあと、バイトがある。

現実に戻らなきゃいけない。


「今からバイトだから大丈夫」


そう言って笑ってみせる。

みっちゃんの顔が、少しだけ曇った気がした。


「バイトしすぎなんじゃね?」


その言葉に、肩をすくめる。

心配してくれてるのはわかる。


でも、今の自分には、働くことが必要だった。


何かを埋めるように。

何かを守るように。


空いた時間を埋めることで、考えすぎる自分を黙らせている気がする。


働いている間は、余計なことを考えなくて済む。


「そうかな。カフェと居酒屋で週四働いてるだけだよ?」


週に2回はしっかり休んでる。


だから心配しなくて大丈夫。


そう言いたいのに、その“大丈夫”が、

どこか嘘っぽく聞こえてしまうのはなぜだろう。


そもそも、体を動かすことは嫌いじゃない。


頭の中のもやもやが少しずつ晴れていく感じ。


自分の中の何かを整えてくれるような、そんな感覚。


動いてると、自分が生きてるって実感できる瞬間がある。


誰かに頼られてる気がするし、自分が必要とされてるって思える。


誰かのために働いて、何かを作って、汗をかいて、


その積み重ねが、ちゃんと自分の存在を肯定してくれる気がする。


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