アストロノミカル・マーダー ~冬の天文台連続殺人事件~

千日 匠

プロローグ

標高2,500メートル。

中等度高地と分類されるこの場所で、酸素分圧は平地の約75%まで低下する。


純白の雪に覆われた山頂に、銀色のドームが月光を反射している。今夜は大気の揺らぎが少ない。天文学者たちが「シーイング最良」と呼ぶ、観測には理想的な夜だった。


しかし、この希薄な空気は、心臓に持病を持つ者には死の誘いとなる。零下15度。血管は収縮し、心臓への負荷は静かに、確実に増大していく。


山頂の天文台で、誰かが最後の呼吸をする。

瞳孔は散大し、角膜は混濁し、網膜に最後に映った星の光は、永遠に封じられる。


冬の大三角が、冷たく輝いている。

ベテルギウスの赤い光が、まるで血のように見えた夜。

それは、まだ誰も死を予感していない、三日前のことだった。

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