夏の神と水魔法

黒烟

魔法使いと彼岸花

「暑い」


 拝殿の縁へ腰をかけ独りごちる。


 今日は雲一つない快晴だし、太陽は狂ったように光を降り注いでいるし、それを受けた石畳は拷問に使えそうなほどの熱を発している。

 今年は殺人的な暑さだ、神の私にでさえ牙を剥くとは。境内横の林では、心なしか例年より力無く蝉が鳴いていた。

 お陰で盆期間だというのに、我が神社は閑古鳥が喉を痛めるほどに人が来ない。

 まあ行くなら寺だろう。今から仏門でも叩いてやろうか。


 今年の祭りも終わり、愈以てやることがなくなった。

 もう本殿に引きこもって来年を待とうかな。


 夏の締めくくりを検討していたところ、石段がある鳥居の下から、黒くて先がツンとした何かが現れた。

 それはぴょこっぴょこっと上へ跳ねながら全容を見せていく。

 石段を上り切って鳥居をくぐったそれは、黒く大きな外套と、黒く鍔の大きいとんがり帽子を被った女だった。


 この季節に似つかわしくない格好をした女は、そのまま参道を進み私のいる方へ歩いてくる。

 変わった参拝客だな、と思っていると、参道を外れ私の方へ近寄って来た。

 私を目の前にすると女はピタッと立ち止まる。


「こんにちは」


 声をかけられて驚く。

 見えるのか。珍しいな。

 そして間近で見て気づいたがこの女、汗一つかいていない。


「なんか用か」


 普段なら見えても神性さ重視で無視するが、今回は返答をした。

 丁度暇を持て余していたところだ。


「ある花の種を探してまして……こう、ブワッってした感じの」


 大雑把すぎる。花は開けば大体ぶわっとするだろう。

 眉を顰めて首を傾げると、女はポンと手を打った。


「見せた方が早いですかね。えいっ水魔法アクア


 どこからともなく水が彼女の前に凝縮し、一つの塊となる。

 術まで使えるのかこの女。益々珍しいな。

 女は水の塊を操って花の形に変形させる。


「確かこんな形の花で……でも実際の色は赤で……あっ、あと私魔法使いでして」


 頭で一度整理してから発言して欲しい。

 魔法使い、つまり魔女だ。何故日本に?

 とりあえず質問に答えるため、彼女の手元の水の塊を確認した。

 ふよふよと浮かぶ水が、少しずつ形を変えながらその奥の女の顔を歪めて写している。

 この形で赤い花か……


「彼岸花だな」


 間違いないだろう、ここまで花弁が細く特徴的な花は他にない。

 私が夏の花しか知らないだけかもしれないが。


「おお!”ヒガンバナ”と言うのですね!」


 魔女は嬉しそうに、水の彼岸花と一緒に踊り始めた。


「日本に来て早速情報を得ました!ありがとうございます!」


 そして私の両手を取り、ブンブンと振り回す。

 力になれたようで何より。神の勤めだ。


「私は以前本でこの花を見かけまして……一目惚れしたのです」


 唐突に聞いてもないことを語り始めた。

 その目は水の彼岸花を愛おしそうに見つめている。


「そして育ててみたくて居ても立っても居られなくなり……来ちゃいました、日本」


 現代なら通販とか輸入とかあるだろうに、何処から来たんだろうか。

 それとも何かこだわりがあるのかもしれない。


「庭に一輪、二輪。ううん、もっとたくさん咲かせたいです」


 彼女はそう言って水で出来た彼岸花を一つ、二つと境内に咲かせていく。

 最後は、太陽を反射し煌めく花畑となった。

 ……美しいな、宝石を散りばめたみたいだ。


「教えてくださりありがとうございました!」


 魔女が深々と礼をし、バシャッと花畑が崩れ落ちる。

 水気を含みひんやりとした風が、寂寥感と共に私のもとへ訪れた。

 淡く消え去った宝石たちを侘しく眺めながら、肌に少しだけ付いた小さな水滴が、懐かしい感覚を呼び覚ます。

 桶から水を掬い、石畳へと蒔く、あの動作。

 ああ、打ち水を最後にしたのはいつだっただろうか。


 思えば今年、祭り以外で夏らしいことをしていない。

 何が夏の神だ、聞いて呆れる。


「おい!」


 そのまま帰ろうとしている魔女を引き留めた。


「ちょっと待ってろ、確かここに……」


 拝殿に入り棚を漁ると……あった。

 紅色の巾着を取り出し魔女へ投げつける。


「そら」


 飛んできた巾着を辿々しく受け取った魔女は、中身を見て首を傾げる。


「こちらは何でしょうか、球根?」

「お前の言う”彼岸花の種”だ。食うなよ、毒がある」


 魔女の顔がぱあっと明るくなる。

 育てる前から咲いたようだ。


「おお!そうでした!花の名前が聞けて満足するところでした」


 力が抜ける。目的を忘れかけていたのか。

 無事に日本に辿り着けたのが不思議なくらいだ。


 嬉しそうに巾着を抱きしめる彼女を眺めていると、

 何か胸の奥からじわ、じわと湧き上がってくる。


「また来いよ」


 気づくと、そんな言葉が口を突いて出た。

 言葉を受けた魔女は、再度深々と礼をして去っていく。あの勢いで帽子が落ちないのが不思議だ。


 今まで消えていた蝉の声が再度私の耳を訪れ、晴天から日差しが降り注ぎ、彼女が訪れる前の景色へと戻った。いつの間にか石畳は乾いている。

 また、独りになった。


 来年の夏にでも、訪れてくれるだろうか。

 そしたらまた、あの水の彼岸花を見せて欲しい。


 すっかり私は、水の魔法に心を奪われていた。





 翌日。


「こんにちはー!」

「また来いとは言ったが……」


 相変わらず季節感のない衣服を纏い、魔女が境内を訪れた。


「バケーションを利用して探す予定がすぐ見つかりましたので!」


 と言って拝殿の縁にいる私の横へと座る。


「なので私、アナタにお礼をします!」


 勢いよく鼻を鳴らして顔を近づける。この暑いのに、元気なもんだ。

 しかい、願いが成就したからお礼参りに伺う、最近はあまりないが、正しい参拝だ。

 ならば神として無碍に出来ないだろう。


「じゃあ……水の魔法、もっと見せてくれ」

「リョーカイです!」


 夢のように揺らめいて、星のように輝く、水魔法。

 ああ、美しいな。


 フフンと鼻を鳴らして微笑む魔女。

 つられて私も笑う。


 どうやら私の夏は、今更始まりを告げたらしい。

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夏の神と水魔法 黒烟 @kurokemuri

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