第5話 妖狐と鬼と天狗


 天狗は山に棲む妖魔だ。

 その生い立ちには数々の逸話いつわがある。樹齢千年を超える大木が妖魔化した説や人間に対して恨みを持った鴉が天狗と成った説、高僧や修験者しゅげんじゃが神通力を習得した末に天狗と成った説など。妖魔よりも神に近しい存在とまで云われて、土地によっては信仰の対象にもなっているそうだ。

 各地に生息し、その地によって天狗の派閥は異なった。今回、天狗が討伐対象となったと聞かされた樒は、どうせ一つか二つの一族が徒党ととうを組んだのだと思っていた。

 だが、実際に蓋を開けてみれば天狗は四十七つの一族——この国に住む全ての天狗たちが一堂に介して、国家転覆をくわだてていたようだ。


(厄介だな。味方に犠牲がでるから真宵も本気では戦えない)


 樒は米神こめかみから流れる血をそでで拭いながら舌打ちした。混沌こんとんと化した戦場のすみから隅まで見通して、真宵の姿を探そうとする。本来ならば右腕として彼の補佐をすべきだが、彼が同族の補助をするようにと命じたため従うしかなかった。

 真宵の代わりに鬼族の長の姿をとらえた。玉藻たまものように協定を結ぶ際に長の座を息子に譲った熟年の鬼——瓊眞けいしんは、単独で天狗の群れへと突っ込んでいく。年老いた彼は他の若い鬼と比べると腕力や体力がおとろえているのは一目瞭然なのに他に引けを取らず、それどころか誰よりも天狗を仕留めていた。

 視野が広いのだろう、と樒は推測する。戦いの合間に周囲の状況を読み、敵味方全体の動きを考えて次の行動に移しているように見える。


(さすがは元鬼の長。若い鬼とは違うな)


 鬼とは短気で粗暴、力自慢が多い種族だ。それゆえ、妖狐とはそりが合わず、古来より仲が悪い。国からの討伐依頼であっても仲間割れすると踏んでいたが、実際は瓊眞が取り持ってくれたおかげで大きな衝突もなく、協力し合うことができた。

 前代未聞の鬼と妖狐の協力戦。相手が四十七族の大所帯でなければ、とっくの昔に討伐を終えていただろう。


(鈴音ちゃんはきちんとご飯を食べているだろうか)


 向かってくる天狗の女を紙一重でかわして、首に爪をめり込ませながら考える。危害しか与えない桔梗も討伐に連れてきた。屋敷の周囲に張った幻覚のわなに異常はない。薪田には可能な限り様子を見てくれるように頼んだ。

 妙な行動力はあるけれど、大人しく素直な鈴音は問題を起こさず待っていてくれるはず、と自分に言い聞かせていると背中に軽い衝撃がした。


「樒、あんた少し休みなよ。幻術って体力も気力も使うし」

「……緋花ひばな


 振り返らなくても気配と声から同族であることを察していた樒は冷えた声で名前を呼ぶ。同じく真宵の側近ではあるが、この女狐には過去に何度も泣かされてきたため、どうしても苦手意識が働いてしまう。

 さりげなく距離をとり「現状は?」と問いかけた。


「東北四体、中部七体、近畿六体、関東三体、九州一体の計二十一体の長は討伐完了。ほとんど、真宵さまが討ち取った。鬼族も同じぐらい討ち取っているから、ほとんど終わっているとみていい」

「そうか」

「だから少しは肩の力を抜いても、樒?! どこ行くんだ! あんたは休め!」


 声高に叫ぶ緋花を無視して樒は駆け出した。


(さすがにしんどいな)


 ここへ来て五日間。満足に食事も就寝もしていない。身体は限界に近い。少しでも気を緩めたら不様ぶざまにこけてしまいそうなほど、足にも力が入らない。

 それでも樒は真宵の右腕として、情けない姿を晒してはならない。主人であり、長である真宵の名を汚してはいけない。


(早く終わらせて、帰らないと。真宵と一緒に、鈴音ちゃんのところに)


 そう己を叱咤しったして、血でぬかるんだ大地を走る。時折、ぬかるみに足をとられそうになりながら、種族の判別も不能な肉塊を飛び越えて、蹴り上げた土が着物を汚そうとも。尽きつつある体力を総動員させて、樒は走った。

 しばらくして、背後から「やあ」と軽快な声が投げかけられた。


「君が噂の術師かな? 四百年生きてきたが、ここまで幻術に長けたあやかしに出会ったのは初めてだよ」


 さすがは鬼というべきだろうか。隣に並んだ瓊眞は息切れ一つせず、余裕の態度を見せる。誰よりも戦場を駆け抜けて、誰よりも天狗を討伐していたはずなのに。


「母が、煙々羅えんえんらなので」


 息切れしながら答えると、瓊眞は懐かしそうに両目を細めた。


「ああ、どうりで。交雑種は強靭きょうじんなものが生まれやすい。煙々羅と妖狐が交わると君のような素晴らしい半妖が生まれるのかな」

「……そうですか」

「すまない。君を軽んじているわけではないんだ。君は妖狐族に属していながら、幻術で鬼族を救ってくれたと聞いてね」


 因縁関係ではあるが、それは樒には関係のないこと。

 それよりもいち早くこの任務を終わらせて、帰ることが大切だ。

 だから、大怪我を負った鬼が天狗の目に映らないように隠したり、天狗に幻影をせて鬼が戦いやすいように補助を行った。それだけのこと。


「君は天狗やつらの長が誰か知っているかな?」


 樒は首を傾げた。言われてことに気がついた。四十七の一族が介しているにしては、天狗たちは統率がとれた動きをしている。長が違えば、同じ種族とはいえ対立するだろうに。


「関東の太郎坊を頂点に、その補佐を近畿の白雷坊はくらいぼう寂雷坊じゃくらいぼうの姉弟が務めているそうだ。彼らは私と同じ年数を生きる天狗さ。寄せ集め集団である奴らの統率がとれているのは、圧倒的な力を持つ天狗が指揮をしているからだ」

「真宵の方が、強い」

「妖力の量と質ならば、玉藻どののご子息に勝てるものはいないさ」


 からからと瓊眞は笑う。


「君は、私と真宵どのが戦えばどちらが勝つと思う?」


 その問いかけに樒は答えることができない。周囲への被害を考えず、炎を操れば真宵の圧勝でもおかしくはないのに、なぜか勝つ未来が見えない。かといって、真宵が負けるとも思えない。

 答えあぐねていると瓊眞は口元の皺をより深くさせた。


「数百年と生きる私たちは、種族を問わず、生涯をかけてひとつのわざを極める性質を持っている。鬼ならば、腕力を。妖狐ならば、炎や幻術といったように」


 瓊眞は自らの目を指差した。


「私はこの〝目〟を極めようとしている」

「視力を?」

「全方位に在る物体の位置や動きを見て、予想することさ。悲しいことに私は鬼にしては力がなくてね」


 と言いながら瓊眞は愉快そうに肩を持ち上げた。


「けれど、長となれた身だ。力が弱くてもきっと役に立つはずさ。君への恩返しにぜひ力を貸させてくれ」


 まさか、瓊眞直々に協力を願いでられるとは思わなかった。「心強いよ」と樒は笑った。




 ◆




 背後から聞こえる怒声や悲鳴が遠のき、代わりに前方がうるさくなる。びゅうびゅうと風が渦巻く音や激しい雷鳴がとどろく音が聞こえと思ったら、幾つもの木々が勢いよく薙ぎ倒された。


 倒木とうぼくに巻き込まれないように樒と瓊眞はその場で足を止めた。

 前方には膨大な妖気を持つ気配が四つ。そのうちの一つは樒がよく知る人物のものだ。

 けれど、いつもより妖気は揺らぎ、不安定なように感じる。それは本人の精神の問題か、妖力を使いすぎたのだろうか。


「いやはや、彼には驚かされるなぁ」


 瓊眞が場違いな声音で呟く。


「まさか、太郎坊たちにひとりで立ち向かうとはね。しかし、早く助太刀にいった方が良さそうだ」


 瓊眞が走りだした。

 その後を樒も追おうとしたが、瓊眞は静止した。


「私と真宵どので対処する。君は援護を」


 戦場での妖術使いの立ち位置は後方支援だ。敵に見つかりにくく、なおかつ幻覚が届く範囲から味方の補助をして、敵を撹乱する。

 焦りから自らの立場を忘れてしまった樒は、反省すると近くの木の陰に隠れた。真宵たちからはだいぶ離れてはいるが幻覚の範囲内だ。


(真宵は嫌がりそうだけれど、これ以上、長引かせるわけにはいかない)


 妖力を霧へ変換すると、周囲に張り巡らせる。血の気の多い鬼や手柄をたてようと息巻く妖狐がに入って、邪魔をしないようにして、次に真宵たちの動向を探る。


(……真宵がここまでの怪我を負っているところ、初めてみた)


 樒にとって真宵は尊敬する主人だ。どれほど鍛錬を積み重ねても決して追いつけない孤高の存在。そんな彼が全身を切り裂かれ、血を流している姿など想像したことがない。


(真宵も気がついたようだな)


 そして、樒たちの意図に気がついたのだろう。真宵は明らかに怒りに顔を歪めた。これは後で文句を言われそうだと思いつつ、樒は幻覚で三体の天狗の意識を歪めることにした。

 ほんの少しでいい。相手は真宵ひとりだと思わせて、時間を稼げばいい。


(ああ、さすがは大妖だな)


 知られないように幻覚をせていたはずなのに、三体の天狗はすぐさま異変に気がついた。

 けれど、遅い。

 ——瓊眞が、白雷坊の首をじ切る時間は十分に稼げた。


「……ッ、ぐ……っ、あ、ああああ!!」


 生命力が強い大妖は心臓や頭を潰されても即死しない。筋肉と骨を無理やり断たれ、皮だけで繋がり垂れた首からは、白雷坊と思わしき高い声が幾度となく呪詛じゅそを吐く。


姉者あねじゃ!?」


 寂雷坊が白雷坊に駆け寄ろうと背を向けた。

 その隙を狙い、真宵は炎を発生させた。轟々ごうごうと重たい音を響かせながら炎は円を描くように寂雷坊の身体を包み込む。寂雷坊の悲鳴は炎に掻き消され、樒の耳には届かない。炎で筋肉が凝縮し、歩行ができないはずなのに寂雷坊はおぼつかない足取りで姉の元に近づき——息絶えた。


「さて、後はこやつ一体をほふれば我らの勝利だ」


 けたけたと笑いながら瓊眞は怒りで顔を真っ赤にする太郎坊を見る。


「久しいな、太郎坊。三百年ぶりか?」

「……人間の尾を振る負け犬がッ」

「その犬に負けるお前は、ごみ以下だな」

「この命をしてでも貴様らだけはほふってやる!!!」


 太郎坊が吠えた。地面に落ちていた二つ葉団扇うちわを拾いあげると己の羽団扇うちわと重ねて振るう。

 すると無数の風が巻き起こった。見えない刃はやがて一つとなり、巨大な竜巻となって天と大地を引き結ぶ。


「これは、やばいな」


 と呟いたのは誰だろうか。

 太郎坊の命と引き換えに発生した竜巻はそれから三日間、消えることはなかった。

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