クワガタ女

@wanko-y

第1話終結

 カズとロクは電車の中で話をしていた。


「なぁ、セミ男って知ってる?」


カズがロクに聞いた。


「……あぁ、何年か前に深夜ドラマでやってたやつ?」


「そうそう」


「それがどうしたんだよ……」


ロクは突然の話題に困惑した。


「じゃあさ、カエル男って知ってる?」


「知らねーよ……どうしたんだよ、急に。今日のおまえ、ちょっと変だぞ」


 ロクは電車の揺れに心地よさを感じながら聞いていた。


「この前、図書館でカエル男って本を見つけたんだよ。でな、そんとき思ったんだけど、〇〇男ってよくあるけど〇〇女ってあんまりなくね?」


(コイツ何言ってんだ?……)


「……うーん……確かに雪女くらいしか浮かばねーな」


「だろ?……でさ、そんなことを考えていたら、この前、何度か続けて変な女の夢を見たんだよ」


「なんだ、カズ。俺ら、もういい年の中年オヤジだぜ……まさか、この年になってヤバい女に手を出したんじゃねーだろうな……もうあの頃のガキじゃないんだからさ、おまえの尻拭いは勘弁だぜ……」


 カズとロクは小学校時代の幼なじみで今日は都内で開かれる同窓会へ向かっている。

電車は空いているが、マナー上、ヒソヒソ声で話をしている。


 新宿まで約40分。カズとロクも久しぶりの再会で話は続く。


「その女、クワガタ女って言うんだよ」


カズの目が一瞬青く光り、やや早口になる。


ロクは気づいていない。


「はぁ?何だそれ?……その女が自分で名乗ったのか?」


「それが夢だから思い出せないんだけど、黒いリクルートスーツみたいな服を着ててさ、長い手袋はめてるんだけど、その手袋の先がギザギザになってんだよ」


「あのクワガタみたいにか?」


「そう。で、怪力なんだよ」


「おいおい、別な意味でヤバいヤツじゃん」


「そーなんだけどさ……それがさ、顔がリカコにそっくりなんだよ……」


カズがニヤついたのをロクは見逃さなかった。

リカコはカズの初恋の相手だ。


ロクはだんだんどうでもよくなってきて嫌味の一つでも言ってやろうと思った。


「あの同級生のリカコか?……ハニワ顔の?……俺の記憶じゃ美人とは言えない女だったぞ」


「そうそう、そのハニワ顔のリカコが化粧して美人になった感じなんだよ」


(仕方ない……カズの妄想にもう少し付き合ってやるか……)


「想像するとキモいけど……まぁ、いいや。で、そのクワガタ女がどうしたってーの」


「俺がさ、夜一人で寂しく飲んでたりした時さ……」


カズが言いにくそうに口ごもる。


「……ちょっとムラムラするときがあるわけよ……」


(おいっ、車内でそっちの話かよ……)


「……そんなときゴロンと寝転んで目を瞑ると出てくるわけよ、そのクワガタ女がさ……」


「おい、カズ。おまえ、そうとう欲求不満たまってんな。忍さんに相手してもらえないのか?」


忍さんはカズの奥さんだ。

離婚したとは聞いてない。


「同窓会行ったことにして、今から俺の知ってる店行かないか?」


ロクが病の解決案を提案するもカズはしゃべり続けている。


「でな、そのクワガタ女がチョー怪力でな、手で微妙な力加減でいたわったあと、天井にぶつかるくらい高く持ち上げられて、そこからドスンと一気に床に落とされるわけよ。天国から地獄みたいな……きも痛いみたいな……実にいいのよ、その感覚が……忘れられなくってな」


(いやいや、何一人で夢心地みたいになってんだよ。こっちは忘れたいよ)


ロクはもはや呆れてリアクションできずに微妙な間があった。


電車の扉が開き家族連れが隣に座った。


(この話、早く終わらせないとな……)


「いやー、カズにそういう癖があったとはな……まぁ、いいんじゃないか、オマエにとって嫌な夢ってわけでもなさそうだしな」


ロクはわざと大きな欠伸をした。


小さなため息とともに目を瞑った。


(あと新宿まで10分くらいかな……)


ロクは突然、眠気に襲われた。


カズが何かを話しかけてくる。


「なぁ、ロク……昨日、クワガタ女が俺に飽きたから誰か他の奴を紹介しろって言うからさ……おい、ロク、聞いてる?」


ロクは完全に眠りにおちた。



「ロク、起きなさい」


「……ん?……おまえは誰だ?……もしかしてクワガタ女?」


「そうです。私がクワガタ女です」


「何が目的だ?」


「あらら……それを言わせますか?……もうわかってるくせに……」


黒服の女は床に人差し指でアルファベットのS字をかいている。


「俺にはミワという女がいるんだ……だから……おまえなんか……クワガタ女なんかに用はない……うっ、……おーっ……」


クワガタ女は見事な腕の持ち主だった。


いたぶられている間は拒絶しながら耐え続けたが最後はされるがままに昇天し天井からドスンと床に叩きつけられた。


(すごい怪力だ……いやそこじゃない……実に凄腕の女だ。恐るべしクワガタ女……)


「おい、起きろよ、ロク。降りるぞ」


「ん?……おい、カズ……さっきの夢の話だけど……クワガタ女ってやつ……」


「何言ってんだよ。寝ぼけてんの?……誰だよ、クワガタ女って」


電車を降りたカズの姿はあっという間に人混みに見えなくなった。


ロクは顔を両手で引っ叩いて急いでカズを追いかけた。


クワガタ女は今も誰かの夢の中で生き続けているに違いない。

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