第15話 やあやあ、ご無沙汰してましたー。
数ヶ月前、ただの新米冒険者だったリネット、ミラ、エリアの三人は、今や誰もがその名を知るほどの実力者となっていた。街の冒険者ギルドでも話題に上る常連となり、掲示板には彼女たちの名を記した依頼報告がいくつも貼られていた。迷宮を攻略し、街を襲った魔獣の群れを迎え撃ち、人々の信頼を得ることに成功したのだ。
だが、いつからか、その功績の背後にはある“影”のような評価がつきまとうようになっていた。
「あのパーティにはタローとかいうとんでもなく強いヤツがいるらしいじゃねぇか。そりゃ成功も当然だよな。」
「結局、タローってのが全部やってるんだろ? 他の連中は見てるだけなんじゃないの?」
そんな陰口が聞こえてくるたびに、胸が締め付けられるような思いになることもあった。だが、リネットたちはそれに対して怒りをぶつけたり、言い返したりはしなかった。
なぜなら、彼女たちは知っていたのだ。タローという人物が、どれだけ自分たちを支えながらも、決して手柄を誇ることなく、常に一歩引いて行動していたかを。彼が陰で何度も命を救ってくれたことも、その手助けの仕方がどれだけ繊細で的確だったかも。彼が“強さ”を誇示せず、ただ「一緒に冒険する仲間」としてそばにいてくれたことを。
そして、今日。三人は久しぶりに「ペンタゴン」の扉を開いた。木製の扉を押すと、香ばしい香りが鼻をくすぐり、あのときと変わらぬ店内が迎えてくれる。
「やっぱり落ち着くなあ、このお店。」
ミラが懐かしそうに笑いながら、空いているテーブルに向かう。エリアは周囲を見回し、変わらない家具や壁の飾りを目で追いながら、柔らかく微笑んだ。リネットも静かに席につき、懐かしい記憶に浸る。
「定番の『ラム肉の串焼き』をお願いしようかしら。」
「もちろん! やっぱりこれだよね!」
店のスタッフに注文を済ませた三人は、タローの不在を意識するように、ふと黙り込んだ。
「そういえばさ、初めてタローと会った日も、ここでこの串焼き食べてたよね。」
ミラが串を手に取りながら言う。
「ええ。たしか、あの日の洞窟探索だったわね。無謀にも突っ込んで、出口が見えなくて……」
「……魔物に囲まれて、絶体絶命だった時に、突然タローが現れて……」
エリアが懐かしげに目を細める。武器も持たず、ふらりと現れた謎の男。だが、あの時の彼の力は圧倒的だった。まるで舞うように魔物たちを倒し、飄々とした態度で「危ないですよー」と言ってのけた。
「あれから、ずっと一緒にいてくれたんだよね……私たち、成長できたのって、本当にタローのおかげだと思う。」
ミラの言葉に、リネットとエリアも静かに頷いた。だが──そのタローは今、ここにいない。
「……おっといけない、“仕上げ”の必要があることを忘れてました。」
そう言って異空間へ消えた日から、すでに一ヶ月が経過していた。
「タローさん、今は何をしてるんでしょうか……」
エリアがぽつりとつぶやき、窓の外に広がる青空へと視線を投げかけた。その声には少しの寂しさと、そして確かな信頼が滲んでいた。
「さあね。でも、きっと悪いことはしてないはずだよ。」
ミラが小さく笑って言う。
「なんだかんだ言って、あの人はいつも、人のために動いてるから。」
その時だった。
空いていたタローの席の上に、ふわりと金色の光が現れた。淡く、優しく、まるで拍動するかのように脈打ちながら、その光は次第に人の形を取っていく。
三人は目を見開き、思わず立ち上がった。
「まさか……」
やがて光の中から、見慣れた黒髪と、柔らかく微笑む表情が現れる。
「やあやあ、お久しぶりですねー。ちょっと破壊神さんの世界に寄ってたついでに、別の世界での用事も済ませてたら、すっかり遅くなってしまいましてー。」
「タロー……!」
ミラが真っ先に叫び、エリアが目を潤ませながらタローの元へ駆け寄った。
「本当に……帰ってきたんですね……!」
「ふふっ。相変わらずマイペースね。でも……帰ってきてくれて、ありがとう。」
リネットが穏やかな笑みを浮かべながら言ったその言葉には、三人の想いがすべて込められていた。
タローは何事もなかったように椅子に座り、テーブルの上にあるラム肉の串を一本つまみあげると、おおげさに頷いた。
「やっぱり、このお店のラムは安定しておいしいですねー。お三方、ちゃんと栄養摂ってますかー? 冒険には体調管理が大事ですよー。」
三人は顔を見合わせ、自然と笑いがこぼれた。いつも通りの調子、何も変わらない態度。その“いつも通り”が、どれほど嬉しいことかを実感しながら──
久しぶりに戻ってきた仲間、タロー。
彼がいるだけで、場の空気がふんわりと和らぐ。そして、また新たな冒険の幕が、静かに、しかし確かに開き始めようとしていた。
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