第13話 いやー、お見事でしたねー。

 四人が足を進めるごとに、洞窟の空気は徐々に重く、冷たくなっていった。湿った岩壁が光を吸い込み、ランタンの明かりだけでは周囲すらまともに見えなくなるほどの暗さ。壁の隙間からは、時折低く唸るような風が吹き抜け、誰もいないはずの奥から、何かが見ているような錯覚すら覚える。


 やがて彼らがたどり着いたのは、ドーム状に広がる広間だった。天井は高く、わずかに差し込む自然光が、中心部の巨影を静かに照らしている。その影がゆっくりと動いた瞬間、全員が息をのんだ。


 そこに立っていたのは、二体の巨大なゴーレム。全身が岩石で構成され、無機質でありながらも、どこか生き物のような威圧感を持つ存在だった。片方は両腕に重厚な岩の拳を備え、もう一方は肩から突き出る岩槍のような突起が鋭く光る。どちらも、ただの魔物とは格が違う“守護者”の風格を漂わせていた。


「これは……簡単にはいかないわね。」


 リネットが杖を構え、険しい表情で周囲を見渡す。空気の流れすら静まり返る中、誰もが緊張を感じていた。


「二体同時はさすがに……。」


 エリアはわずかに後ずさり、ミラの背中に寄り添うようにして不安げな声を漏らす。だがその緊張感の中で、タローだけはいつもと変わらぬ調子だった。


「それなら、一体ずつ担当しましょうかー。皆さんは右側のゴーレムをお願いします。私は左の方を倒しますねー。」


「えっ、一人で? あんなの相手に?」


 ミラが思わず振り向いて声を上げるが、タローは飄々と頷くと、にこやかに手を振った。


「もちろんですよー。こういうのは、バランスよく分担しないと。」


 そう言って、彼は軽やかに歩き出した。まるで昼下がりの散歩でも楽しんでいるかのような足取りだった。


 左側のゴーレムがタローに気づき、鈍い音と共に腕を振り下ろす。だが、その動きは重く、軌道も直線的。タローはまるで風のようにその攻撃を躱し、逆にゴーレムの足元へと滑り込んだ。


「そいやー。」


 掛け声と共に放たれた拳が、ゴーレムの腕に直撃し、硬い岩の表面を砕き飛ばす。信じられないような衝撃音と共に、岩が爆ぜるように砕け散った。ゴーレムはもう一度攻撃を繰り出すが、その動きはことごとくタローに見切られ、ひらりと躱される。


 タローの動きは、戦いというよりも“舞”だった。華麗に跳ね、すれ違いざまに一撃を叩き込み、相手の動きを見極めながら的確に弱点を突いていく。そして、わずか数分後。左のゴーレムはすでにバラバラに崩れ、その場に力なく倒れていた。


「さて、一体片付けましたよー。そちらの進捗はどうですかー?」


 振り返ったタローが見たのは、必死に右側のゴーレムと戦う三人の姿だった。


 ミラが剣で果敢に斬りかかるが、岩の表面に傷をつけることすら難しく、跳ね返されてしまう。


「くっ……硬すぎる! まともに通らない……!」


 リネットも炎の魔法を打ち込むが、熱を帯びた焦げ跡が残るだけで、致命傷にはならない。


「このままじゃ埒が明かないわ……!」


 エリアは回復と補助に追われ、額に汗を浮かべていた。


「何か……何か突破口があれば……!」


 そんな三人に、タローがのんびりと声をかけた。


「岩同士の繋ぎ目を狙ってくださいなー。関節のあたり、あそこは魔力を帯びた泥でできてるので、案外柔らかいですよー。」


「泥……?」


 リネットたちは改めてゴーレムの構造に目を凝らした。確かに、関節部分は他と違って色味が灰色に近く、粘土のような質感を帯びている。


「……なるほど。そこを狙えば!」


 リネットが素早く指示を飛ばし、三人は新たな戦術で攻撃を再開した。


 ミラが膝関節を狙って剣を突き立て、リネットがその隙に魔法で圧力を加える。エリアは水魔法を応用し、泥を緩めて接続部を弱体化させた。


「今よ、ミラ!」


「いっけぇぇえっ!」


 叫びと共に繰り出されたミラの一撃が、膝の関節を完全に破壊する。バランスを崩したゴーレムが、重々しい音を立てて崩れ落ちた。


「リネット、お願い!」


「任せて!」


 リネットの放った雷の魔法が、倒れたゴーレムの頭部に直撃し、魔力の核を砕く。その瞬間、ゴーレムの全身から魔力が霧のように散り、動きが完全に止まった。


「やった……やったわ!」


 エリアが嬉しそうに叫び、ミラも地面に剣を突き立てて肩で息をした。


「ふぅ……疲れたけど、やり切ったね。」


「タローさんのアドバイスがなかったら、危なかったわね。」

 リネットが振り返ると、タローは岩に腰掛けて手を振っていた。


「いやいや、皆さんの連携も立派でしたよー。私はほんのちょっと助けただけですからー。」


 三人は、汗と疲労に包まれながらも、心の奥に確かな手応えと成長を感じていた。自分たちの力で困難を乗り越えた――その事実が、彼女たちにとって何よりも大きな糧になっていた。


 こうして、四人は洞窟の最奥で見事な勝利を収め、より強い絆と共に、新たな一歩を踏み出す準備を整えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る