第12話 うーん。なかなかやりますねー。
四人がたどり着いたのは、ひんやりと冷たい空気が肌を刺すような洞窟の入口だった。薄暗く広がるその空間の奥は見えず、天井からは鋭く尖った氷柱が垂れ下がり、湿った風が底知れぬ気配を運んでくる。ごくりと唾を飲み込んだミラが、無意識に剣の柄を握り直す。
「さて、ここからが本番ね。気を引き締めていくわよ。」
先頭に立ったリネットが鋭く告げると、ミラとエリアも気合を入れて頷いた。それぞれが武器と魔法の準備を整え、深く呼吸を整える。
一方で、タローはというと、相変わらず後方でのんびりと歩きながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
「皆さん、頑張ってくださいねー。危なくなったら、さっと助けますからー。」
軽口のようにも聞こえるその言葉に、三人は半ば呆れながらも、不思議と安心感を覚える。頼れる後ろ盾がいるというだけで、勇気は自然と湧いてくるものだ。
洞窟に足を踏み入れてしばらくすると、ぴたりと空気が変わった。低い唸り声が響き、壁の影から灰色の毛並みを持つ狼型の魔物が三体、地を這うような足取りで現れた。洞窟の岩肌に紛れるようなその姿は、こちらが気づかなければ不意打ちされていたかもしれない。
「来たね……!私が前に出る!」
ミラが盾を構え、勢いよく一歩前へ。魔物の一匹が跳びかかってきたが、それを正面から受け止めると同時に、鋭い剣撃を横薙ぎに繰り出した。金属音と共に魔物が苦鳴を上げ、肩口を深く切り裂かれる。
「援護するわ!」
後方ではリネットが詠唱を完了させ、宙に炎の魔方陣が浮かび上がる。直後、火球が魔物たちの間に炸裂し、爆炎が洞窟内に轟いた。一匹がその爆風で吹き飛び、動かなくなる。
「ミラさん、回復を――!」
すかさずエリアが回復魔法を放ち、ミラの腕にできた浅い傷がたちまち癒える。連携は完璧だった。魔物は残り一体――と思ったその時、奥の通路からさらに二匹の狼が姿を現した。
「くっ……数が増えた!」
ミラが焦ったように叫び、リネットは魔力切れの兆候に眉をひそめた。
「魔力が……あと一発が限界かもしれない……!」
エリアも肩で息をしながら、必死に詠唱を続けているが、目には疲労の色が濃い。
そんな緊張の中、ふらりとタローが一歩前へ出た。まるで散歩でもしているかのような足取りだったが、その表情には一切の焦りも不安もなかった。
「まぁまぁ、皆さん無理はしないでくださいねー。」
軽く手を上げたかと思うと、三人の体を包むように柔らかな光が降り注いだ。温かな魔力が血管を満たし、疲れがスッと引いていく。魔力も体力も回復し、まるで最初から戦っていなかったかのような軽さが戻る。
「えっ……これ、回復だけじゃない……?」
エリアが驚きの声を漏らす。回復だけではない。気力まで甦ったような、内側から湧き上がるような力だ。
その直後、タローが軽く足を踏み込んだ。目の前にいた魔物へ、まるで冗談のように軽い蹴りを繰り出す。
「ほいっと。」
空気を切る音すら優しいその動作だったが、魔物はまるで巨大な鉄球に叩きつけられたかのような勢いで吹き飛び、洞窟の壁に叩きつけられて岩にめり込んだ。
残りの魔物たちが一瞬で怯えの色を見せたその刹那、タローの姿がふわりと跳ね、まるで風のように瞬間移動したかと思えば、次々と魔物を投げ飛ばしていく。その全てが一撃で壁に沈み、呻き声すら残さず沈黙した。
静寂が戻った洞窟で、ミラが思わず剣を下ろして呟く。
「……ねえ、私たち、けっこう頑張ってたよね?」
「ええ……たぶん。でも……」
リネットがやれやれと呆れ顔で続けた。
「最後全部持ってかれたわね……」
「いやいや、皆さんのおかげで戦いやすかったですよー。私がちょっとだけ手伝っただけですから。」
タローは涼しい顔で笑っていた。
ミラは思わず笑い、剣を鞘に収める。
「でも、あの蹴りは“ちょっと”じゃないよ……もう完全に別次元だし。」
エリアも微笑みながら頷く。
「でも……本当に、助けてくれてありがとうございました。少しずつでいいから、私たちももっと強くなりたいです。」
リネットも腕を組みながら頷いた。
「全部任せっきりじゃ、冒険者として成長できないものね。タローさんの助けはありがたいけど、自分たちで乗り越えられる力をつけたいわ。」
タローは肩をすくめながら、洞窟の奥を指差した。
「それじゃあ、先へ進みましょうか。たぶん、もっと楽しいことが待ってますよー。」
三人はその言葉に再び気合を入れ、それぞれの役割を果たすべく歩を進めた。タローの背中を頼りにしながらも、彼女たちの中には確かな決意が宿っていた――この旅を通じて、自分たちも“ただの旅人”のように、強く、自由になっていきたいと。
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