第49話【セレスフィア視点】絶望の瘴気と、最後の希望

目の前で、宰相オルダスが人ならざる怪物へと変貌していく。その肉体は黒い粘液のように膨張し、骨が軋むおぞましい音を立てながら、玉座の間の天井に届かんばかりの巨体と化した。無数の歪な腕が蠢き、かつて顔があった場所には、憎悪に燃える赤い光が無数に浮かんでいる。

玉座の間は、瞬く間に生命力を奪う禍々しい瘴気に満たされ、壁や柱が黒く変色し、崩れ始めた。

「総員、構え! 陛下をお守りしろ!」

近衛騎士団が果敢に立ち向かうが、怪物の一薙ぎで、分厚い鎧ごと紙屑のように吹き飛ばされる。生き残った者も、呼吸をするだけで肺を焼くような瘴気に蝕まれ、次々と膝をつき、灰色の痣にその肌を覆われていく。

「怯むな! 隊列を立て直せ!」父から教わった剣術の知識が、咄嗟に口をついて出る。私の声に騎士たちが奮い立ち、必死に陣形を組み直す。

イザベラ王女とリチャード王子を守る盾となるべく、ヴァルキュリア公爵が怪物の前に立ちはだかるが、逆に瘴気を浴びて顔を苦痛に歪めた。公爵が放った聖なる光の魔法も、怪物の体に届く前に闇に呑まれ、霧散してしまう。その背後で、王女と王子が、いがみ合いながらも背中合わせで魔法障壁を展開しているのが見えた。互いを守ろうとする、兄妹の絆の光がそこにはあった。玉座の隅では、教皇聖下が必死に聖句を唱え、神聖な光の壁を展開しているが、それすらも瘴気にじわじわと蝕まれ、亀裂が走っている。


「セレスフィア様、お下がりください!」

カシウスが私を庇うように前に出るが、彼の顔にも既に灰色の痣が浮かび始めている。鋼のような彼の肉体も、この濃密な呪詛の前では長くはもたない。彼の呼吸が荒くなり、構えた盾が震えているのが見て取れた。

このままでは、皆、瘴気に呑まれてしまう。私も剣を抜くが、立っているだけで精一杯だった。腕の中のポヨン様が、このおぞましい気配に、きゅっと体を固くしているのを感じる。この子だけは、私が守らなければ。


その時、怪物が咆哮と共に巨大な腕を振り上げ、天井の壮麗なシャンデリアを叩き壊した。砕け散った水晶と鉄の塊が、瘴気で動きの鈍ったヴァルキュリア公爵の真上へと、死の雨となって降り注ぐ。


考えるより先に、私の体は動いていた。カシウスの制止を振り切り、ヴァルキュリア公爵の前へと飛び出す。そして、ありったけの魔力をかき集め、小さな光の盾をその頭上に展開した。

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