第34話【大神官オーギュスト視点】聖域の禁忌と、神の沈黙

「こちらです! この地下聖廟に違いありません!」

神殿の古地図を片手に、私はセレスフィア嬢と騎士を伴い、禁断の領域へと続く隠し階段を駆け下りていた。

この地下聖廟は、大神殿の中でも一部の者しかその存在を知ぬ、最も神聖にして、最も危険な場所。ここには、建国以前より、この地を蝕んでいた大いなる災厄が封じられているのだ。

聖獣様が、まさかこのような場所に……!


重い石の扉を、数人がかりでこじ開ける。

そして、我々は、その光景を前に、言葉を失った。


聖廟の中央。かつて、古の聖人がその命と引き換えに封印したという、王国最悪の呪具『災厄の匣』が安置されていたはずの祭壇が、がらんどうになっている。

匣は、ない。

あったはずの、禍々しい呪詛の気配も、跡形もなく消え失せている。

そして、その空になった祭壇の上で。

あの青いスライム――聖獣ポヨン様が、実に満足げな顔で、ころんと寝転がり、小さなげっぷを一つした。


「……匣が、ない……」

私の口から、かすれた声が漏れた。

「オーギュスト様、あれは……?」

セレスフィア嬢が、青ざめた顔で私を見る。

嘘だ。そんな、馬鹿な。ありえない。

あの呪具は、触れることはおろか、近づくだけで精神を蝕むほどの強力な呪詛の塊。神殿の歴史上、幾人もの高位神官が、その封印を維持するために命を落としてきたという、絶対の禁忌。


それを?

この、小さな、青い生き物が?

……食べた、とでもいうのか?


私の脳が、私の信仰が、目の前の現実を受け入れることを、完全に拒絶していた。

これは、神の御業か? それとも、我々が解き放ってはならぬものを、この聖獣様がその身に取り込んでしまったというのか?

どちらにせよ、これは、もはや神殿だけで抱えきれる問題ではない。

王国の、根幹を揺るがす、とてつもない事態だ。


私は、その場に崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、震える声で命じた。

「……このことは、他言無用だ。何があっても、だ」

だが、私の心の中では、既に警鐘が鳴り響いていた。

神は、なぜ沈黙を守られる。

我々は、一体、何をこの王都に招き入れてしまったのだ。

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