第21話 予選第一戦

「次の対戦者――ティナ・エルヴェンス!」


その名が呼ばれた瞬間、会場の空気が変わった。

ただのざわめきではない。

「英雄の娘」「けれどアリスには及ばない少女」という二つの烙印を背負わされた私に向けられる視線は、期待よりも好奇、そして半ば諦めに近いものだった。


「……あの子か」

「どうせすぐに負けるだろうな」

「いや、噂では最近必死に鍛えてるらしいぞ」


小声で交わされる観客たちの言葉が耳に突き刺さる。

耳を塞ぎたくても、はっきりと聞こえてしまう。

胸の奥がぎゅっと縮んで、足が重くなった。


(……やっぱり、私は“アリスの次”なんだ)


喉が渇く。

心臓が早鐘を打ち、視界の端がじんわり暗くなる。

ほんの一歩を踏み出すのが、こんなにも苦しい。


だけど――


「ティナーーーー!!! 頑張れーーーー!!!」


観客席の中から、圧倒的に大きな声が飛んできた。

他の誰の声もかき消すような、真っ直ぐすぎる声援。


その瞬間、全身に電流が走ったような気がした。

観客たちの冷たい視線が、一瞬だけ遠のく。

代わりに、その声だけが、心臓に深く突き刺さった。


(……私を、見てくれてる)


涙が出そうになる。

それを必死に堪えて、前を向いた。

足は、もう重くなかった。


砂地の舞台へ上がると、対戦相手の少年が待ち構えていた。

背は高く、体格もがっしりしている。

鋭い目が私を射抜く。

手にしているのは長い槍。

力も技も兼ね備えた、学年の中でも上位の実力者。


(やっぱり、強そう……)


喉が再び乾いた。

でも今度は、膝が震えても、後ろへは下がらなかった。


審判の声が響く。

「――始め!」


刹那。

槍が閃いた。

風を切る鋭い音が耳を打ち、心臓が凍りつく。

反射的に身をひねり、槍先を紙一重で避けた。

頬をかすめた風が冷たくて、息が詰まる。


(……怖い! 本当に殺される!)


心臓が暴れて、呼吸が浅くなる。

負けたら恥をかくだけじゃない。

倒れた姿を、また皆に「やっぱり」と笑われるんだ。


その恐怖で足が止まりかけた瞬間――


「ティナーーー!! 信じてるぞーーー!!」


再び声が飛んできた。

会場中に響くほど大きな声。

笑いも嘲りも、その声にすべてかき消された。


(……信じてくれてる。だったら……私も信じなきゃ!)


足が自然と前に出る。

呼吸を整え、精霊の力を呼び起こす。


風が舞い上がり、身体を包む。

軽さを取り戻した足で、次の槍の突きを横へと跳んだ。

観客席から驚きの声が漏れる。


「おい、今の見たか……?」

「ティナが避けた?」


対戦相手の少年の目に焦りが走った。

槍が連続で突き出される。

だが私は風に乗り、ぎりぎりのところでかわし続ける。


(まだ……まだいける!)


額に汗が流れ、息は荒い。

それでも足が止まらないのは、あの声があるから。


「ティナーー! 負けるなーー!」


その声がするたび、心臓が熱を帯び、身体に力が満ちる。

誰も信じてくれなくても、たった一人が全力で応援してくれる。

それだけで、私は戦える。


(私は……一人じゃない!)


風を纏って踏み込み、槍の懐に飛び込む。

観客の息が一斉に止まるのを感じた。


「――そこっ!」


渾身の一撃を繰り出す。

風をまとった拳が相手の腹部をとらえ、鈍い音が響く。

大柄な少年の体がたまらず吹き飛び、舞台に転がった。


審判の手が高く上がる。

「勝者――ティナ・エルヴェンス!」


会場がざわめきに包まれる。

さっきまで嘲笑に満ちていた視線が、驚きと戸惑いに変わっていた。


(勝った……! 本当に……勝ったんだ!)


胸の奥から熱いものがこみ上げる。

視線が自然と観客席を探す。

そして――すぐに見つけた。


立ち上がって、全力で拍手をしている姿。

大きな声で「よくやった!」と叫んでいる姿。


その姿を見た瞬間、堪えていた涙が溢れそうになった。


(私を見てくれるのは……やっぱり、あなただけ)


会場の喧騒なんて耳に入らない。

胸に響いているのは、ただ一つの声だけだった。






一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一


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「ヤンデレ公爵令嬢に懐かれました。どうやら彼女の呪いを解くには、僕がそばにいるしかないみたいです。」

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