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空衷烏悠
1999の思い出
1999の7月の思い出は幼き自分には淡い不安だった。
空から恐怖の大王が降ってくる。と言われても感傷は無く、寧ろ降りて来る事の方が当然のように思っていた。当時、私はブラウン管の映像の中でインタビューを受ける若者やネクタイがくたびれて如何にも酔ったサラリーマンの軽口を見つめては、一言一句に対して嫌厭と諦観を幼心で感じ取っていたのだと思う。
1990年代は恐怖の大王が降ってこようが、ある種の退廃を予期しているかの時代に見えた。
1990年1月に阪神淡路大震災が起きた。テレビのつまみを回すとチャンネルをどこに合わせてもこの世と思えない画、家屋は倒壊し焼失と炎上の煙を放ちコンクリートの橋桁はおもちゃみたいに亀裂を伴い倒壊していた。
幼心に傍観していた。
これが現実なのか。それとも見知らぬ国の或いは架空の都市が崩潰していく様を公共電波に乗せて刷り込まれているみたいだったから。
1990年3月に地下鉄オウムサリン事件が起こった。
私は大人達が激しい口調で実況するテロの意味を理解できていなかった。
地下鉄という名だけ聞いたことがある場所から必死で避難し救助隊が酸素吸入を胸ボタンを開き項垂れ突っ伏した大人の口元に充てがい容態を観察していた。
その映像の意味がわからなかった。
苦しみの残滓が電波に乗ってやってきて幼い自分に降り注いでいて、それを幼心がキャッチしていて、軽く湾曲しドットの荒い映像と声色を刷り込まれているみたいだった。
2000年問題を前に、世の中は不安を掻き消さんとノストラダムスということばをよく使うようになった。
どう思いますか?
どうも思わないです。
それが年端もいかない子供のインタビューの答えだった。
だってこの世はいつ終わってもおかしくないから。そんなふうにテレビが訴えかけてくるような映像を何度も見た後に何を恐怖の大王が空から…とおもっていた。
そしてそのときはやってきた。
199907今日はノストラダムス予言した空から恐怖の大王が…
そこで映像が途切れた。
あなたは見たくないの?この世の終末を?
僕は画面に釘付けになった。あの時と同じように。
非現実感に襲われながら、カーテンの隙間から空が赤く染まっていく、赤い水彩絵の具をパレットからこぼしてしまったみたいに染まる空の採光を、現実じゃないみたい。そんな感想といっしょに僕のところにも来たんだ。
空から恐怖の大王が降りてきてぼくのじかんは縺ィ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺セ縺」縺溘◆縺溘※繧薙※繧薙※繧薙?
1999予言が私繧貞屓蟶ー縺輔○縺ヲ繧キ繝槭?繝槭? 空衷烏悠 @WhitePages
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