エピローグ

 森の奥で適当な場所を見つけると、二人は手際よく焚火の準備を始めた。リズが薪を集め、ジョルジュが火を起こす。数年間の共同生活で培われた、無言の連携だった。


 火が落ち着くと、二人は焚火を囲んで腰を下ろした。夜の静寂に、薪のはぜる音が心地よく響いている。リズが茶を用意してくれた。いつもと変わらない、リズが淹れてくれた茶。


「師匠に会えて、本当に良かった」


 ジョルジュが呟いた。


「あの時の師匠の顔……俺のことを、ちゃんと技術者として認めてくれていた」


「当然よ。あんたは立派な技術者になったもの」


 リズが微笑んだ。


「最初に王都で会った時は、ただの理想に燃える青年だったのに」


「あの頃は何も分かっていなかった。技術を作れば、それで世界が良くなると思い込んでいた」


 ジョルジュは火を見つめながら続けた。


「でも現実は違った。技術は政治に利用され、模造品が人を傷つけ、理想とは正反対の結果を生んだ」


「それでも、あんたは諦めなかった」


「みんながいてくれたから。一人じゃ、きっと心が折れていた」


 ジョルジュはリズを見つめた。


「そう、あんたがいてくれたから、ガンドさんやイリヤ、ダリオがいてくれたから、技術者としての道を歩き続けられた」


「私も、あんたたちから多くを学んだわ」


 リズの声には、深い感謝が込められていた。


「エルフは長く生きるから、つい一人で抱え込みがちになる。でも、仲間と支え合うことの大切さを、改めて教えてもらった」


 しばらく沈黙が続いた。火の粉が舞い上がり、星空に溶けていく。


「師匠は、どんな立場になっても技術者の心を失わなかった」


 ジョルジュが再び口を開いた。


「俺たちも、きっと同じ道を歩める。国がどう変わろうと、制度がどうなろうと、技術を愛し続けることはできる」


「そうね。そして、同じ想いを持つ次の世代に、それを伝えていける」


 リズが薪を一本、火に投げ入れた。


「実は……私、本当のことを話していなかったの」


「本当のこと?」


 火を見つめていたリズは、ためらいがちにジョルジュへ視線を移した。


「──私の本当の名前はリザエル。スィリナティア庄のリザエル」


 ジョルジュは目を見開いた。


「スィリナティア庄って……エルフの名門じゃないか。俺でも知ってる。代々詠唱を得意とする一族って……でも、森からは出てこないってことも。──おとぎ話だと思ってた」


「そう。だから名乗れなかった。みんなに堅苦しい肩書きで見られたくなかったから」


 リズは苦笑いを浮かべた。


「でも、遺跡であの一族の痕跡を見て、考えが変わった」


「どう変わったんだ?」


「血統で技術を繋ぐことの意味を、初めて理解した。師匠から弟子へという継承だけじゃなく、親から子へという継承もある」


 リズの声は静かだったが、確固たる意志が感じられた。


「長く生きる私たちエルフには、時を超えた継承の責任がある。技術も、想いも、次の世代に確実に伝えていく責任が」


「それで、これからどうするの?」


 ジョルジュが尋ねた。


「私は……そうね、森へ帰って結婚でもしようかな」


 ジョルジュが茶を噴き出した。


「あんたが……結婚!?」


「さっき言ったでしょ。伝えていくことの大切さを考えてるって」


「にしても、いきなり結婚って……」


「なによ、私を待ってる男の一人や二人、いるかもよ」


 リズはいたずらっぽく微笑んだ。


「なあ、リズ……いや、リザエル……」


「どうしたの?」


「いや、何でもない……」


 ジョルジュは言いかけて口を閉じた。心の奥にある淡い想いを、言葉にすることはできなかった。


「もう、ハッキリしないわね」


「……あんたの子どもだったら、すごい子になるんだろうな」


「まあ、子どもができたら、あんたのことを話してあげる」


 リズは優しく微笑んだ。


「昔、とても真面目で理想家の魔導士がいたって。ちょっと世間知らずで、お人好しなのが玉に瑕だったってね」


 リズは、からかうような口調だった。


「言ったなぁ、って、エルフの子どもって、いつの話だよ」


 静かな木々の間に、二人の笑い声が溶けていった。

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王国魔導士の開発日誌 柊ユキヤ @tonton1234

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