第24話 真の技術
朝霧の立ち込める森で、リズが商人から聞いた話を整理していた。
「大公様が正式に即位されたそうよ」
ジョルジュは古文書から顔を上げた。自分の技術が引き起こした国家分裂の結果を、まだ受け入れきれずにいた。
「『伝統を重んじる王国』として再出発するんですって」
「そうか……」
ジョルジュの表情は複雑だった。俺の技術が二つの国を作り出してしまった。一方では政治に利用され、もう一方では──
「それで、王立魔法語協会っていうのを設立したらしいの。以前の魔導士ギルドて保守派だった人たちが中心となっているそうよ」
「魔法語協会?」
「古典詠唱の研究と管理を目的とした国家機関よ。『純正なる魔法の復活』が目的だって」
リズは茶を淹れながら続けた。
「でも、これには民衆も支持してるみたいなのよ」
「どうして?」
「あの『マナを我らが手に』運動の後遺症ね」
リズの説明に、ジョルジュは胸が痛んだ。粗悪な模造品による死傷者が多発したのだ。魔導具の爆発事故、中毒症状、制御不能な魔法暴走──数え切れないほどの被害が報告されている。
「民衆自身が魔導具技術に恐怖を感じているのね」
「それで、正統な魔法の方が安全だと……」
「そういうこと。『やはり伝統的な方法こそが確実で安心』って風潮になっているようなの」
ジョルジュは頭を抱えた。自分の理想が、こんな形で否定されるとは。
昼過ぎ、定期的に情報を運んでくれる商人が森の隠れ家を訪れた。
「王都の魔導具店、ほとんど客が来なくなったそうですよ」
商人の言葉に、ジョルジュとリズは顔を見合わせた。
「模造品事故のせいで、魔導具全般が危険視されてるんです。正統派の魔導士による詠唱魔法の方が安心だって」
「そんなに?」
「ええ。魔導具を見ただけで顔をしかめる人が多いとか。『あんな危険なもの』『また爆発するかも』って」
模造品と本物の区別がつかない民衆にとって、魔導具全般が恐怖の対象となってしまったのだ。
「魔導具職人さんたちは、どうしてるんですか?」
「皆さん嘆いてますよ。『技術そのものが悪者扱いされてしまった』って。元々魔導士だった職人の中には、巻物や魔法陣の製作に商売変えした方も少なくないとか」
「でも、確かにあの混乱を見れば仕方ないって声もあります。真面目な職人さんほど、新王国の方針に理解を示してしまってる」
商人は肩をすくめた。
「『民衆の安全のため』って大義名分ですからね。段階的に規制を強化するそうです」
商人が去った後、ジョルジュは沈黙していた。
「俺の技術が模造品の元になった」
「でも……」
「だからこそ、本当に安全な技術を作らなければならない」
リズは古文書を手に取った。
「契約詠唱理論なら、悪用そのものを防げるわ。使用者の『思い』次第で、魔法が発動しないようにもできる」
「そうだな……」
ジョルジュは立ち上がった。
「でも、ここじゃ限界がある。古文書の理論は理解できても、実装には精密な工具が必要だ」
「ガンドの経験と設備が不可欠ね」
「ああ。真に安全な技術を作るためには、彼の協力が必要だ」
夕方、二人は移動の準備を始めた。古文書を慎重に梱包し、研究ノートを整理する。
「帝国の政治利用も、新王国の技術否定も、どちらも極端すぎる」
ジョルジュは荷物を背負いながら呟いた。
「私たちが第三の道を示さなければ」
リズも頷いた。
「政治に左右されない、本当に人々のための技術を」
故郷への帰路は複雑な思いを抱えた旅だった。男爵に利用された場所でもあるが、ガンドやダリオ、本当の仲間たちがいる場所でもある。
「今度こそ正しい道を歩もう」
月明かりが森の小径を照らす中、二人は無言で歩いていた。ジョルジュの心には、技術者としての新たな決意が宿っていた。
検問を避けるために迂回しながら歩いて二週間。懐かしい風景が見えてきた。遠くに見える街の灯りは、以前よりもずっと華やかになっている。帝都としての発展が、夜景からも見て取れた。
「変わったわね」
「ああ……でも」
ジョルジュは歩みを緩めなかった。
「俺たちの目指すものは変わらない」
二人は帝都には寄らず、直接森へ向かった。やがて、ガンドの工房から漏れる明かりが、森の奥に見えてきた。二人は足を速めた。
工房の扉を叩く音が、静かな森に響いた。新たな挑戦の始まりだった。扉の向こうから、聞き慣れたドワーフの低い声が聞こえてくる。
「また厄介事を持ち込みに来たな、リズ」
だが、その声には微かな温かみがあった。古い友人を迎える、職人らしい不器用な優しさが込められていた。
「今度は、本物の技術を作りに来たの」
リズの答えに、扉がゆっくりと開かれた。
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