音奏競技《MMB》――核を巡る五線譜

大和由愛

第1話 はじまり

『さあ、始まりました!第38回MMB《エムエムビー》U18世界大会、決勝戦!』

『勝負は依然として拮抗状態。両者、戦いの手をゆるめません!』

『そんな中、日本代表の美しい五重奏が響き渡っています!音の層が重なるたび、日本代表の能力値が上昇する!』

『おっと、ここでチャンスがやってきたーーー!仕掛けたのは……日本代表・天王てんのう学園の神白勝華かみしろしょうか選手!一人、敵陣へ突っ込んでいく!』


 奏者の紡いだ旋律が一斉に、彼女へと収束されていく。

  

 視界が歪むほどの加速。

 次の瞬間、神白の姿は観客の目から消えた。


 遅れて響いたのは、金属が叩きつけられるような鋭い音。


 敵陣の中央で、五つの影が同時に吹き飛ぶ。


 相手が反応できなかったのは、技そのものではない。

 

 音だ――


 奏者の演奏によって強化された神白の動きは、常人の目では見ることのできない速さだった。


 敵が異常に気づいた時には、すでに刃は届いていた。


 実況の声が、さらにその熱を煽る。


『なんということだ!神白選手、敵を五人まとめて瞬殺!今のは誰にも反応できない――完璧な一撃です!!』

 

 夏の強い日差しが降り注ぐ会場。しかし、観客席から立ち上がる熱気は、そんな暑さすらかき消す勢いだった。


 音が割れるほどの大きな歓声が押し寄せ、巨大なスタジアムが揺れる。興奮は会場中にとどまらず、世界中の視線がこの一戦に注がれていた。


 フィールド上では、現実ではあり得ない光景が当たり前のように展開されている。


 剣を振るい、旋律で強化し、魔法が火花を散らす。


 それでも、これは戦争ではない。

 厳密に管理された、安全な――競技だ。 

 

 MMB《エムエムビー》。

 特殊な技術によって、誰もが一度は夢見る”魔法”を実現した、魔法magic音楽music、を駆使して戦う、新世代のスポーツバトルだ。

 

 選手には、大きく2つの役割がある。 


 ・騎士:前線で戦う武闘職。魔力で武具を強化して戦い、コアを奪い合う。

 ・奏者:音を紡ぎ、仲間へ回復・バフを与える支援職。


 そして、勝利条件は二つ。


 1.核を最後まで持っていること。

 2.主催者が定めた条件を満たすこと(全員戦闘不能など)。

 

 40年前に誕生したその競技は年々人気が上昇し、今では世界的スポーツとして揺るぎない地位を築いている。


 プロ選手の活躍も追い風となり、その勢いは衰えるどころか増す一方だった。

 

  ここ、山形でも例外ではない。都会ではないこの土地でも、多くの人々がMMBに魅了されている。

 

 彼女、日向そらもその1人だ。


 薄暗い部屋、カーテンの隙間から漏れる微かな光、頭まで被った布団、テレビからはMMB、U18世界大会決勝戦の映像が流れている。


 ゆっくりとテレビに向かって手を伸ばし、呟く。


「いいな……」


 その言葉は、夢への問いではなかった。

 ――ここにいても、いいのか。


 頬に、涙が伝う。


 ◇◇◇


 2060年 4月5日


 学校に行って、帰ってきて、また次の日学校へ行く。チャイムの音も、授業も、廊下ですれ違う顔ぶれも、昨日とほとんど変わらない。


 そんな繰り返しの、何の変化もない毎日を過ごしていた。


「はあ~空からペンギンとか降ってこないかな〜」

 

 周りは田んぼに囲まれ、暗くなってくると、カエルが足元を飛び回る、そんな帰り道を、自分でも意味がわからない言葉を、呟やきながら歩いていた。


 道沿いの家から、テレビの音が聞こえてくる。


 一瞬だけ聞こえたテレビの実況に、足が止まりそうになる。


 きっとまたMMBの試合だ。


 振り返る勇気もなかった、どうせ、画面の向こうの世界だと、自分に言い聞かせながら、そのまま、帰り道を歩く。


 別に今の普通の人生が嫌なわけじゃなかった。十分に幸せな人生を送っている……


 でも、何か物足りないんだ、もっと、体が沸騰するくらいワクワクする、そんな日常が――


 モヤモヤした気持ちを胸に抱えながら、学校の帰り道の坂を下っていると、遠くで何か叫びながら、こっちの方向に走ってくる人が見える。


「おーい、いい所におったわ、ちょっと一緒に来てくれへん?」

「へ?」


 急に現れた関西弁の女の子に、息を切らしながら話しかけられるが、わけが分からず、頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「ええから、はよう」


 大阪弁の女の子は急いでいるようで、返事を聞く前に手を取り、来た方向へと走り出す。


「ええ!あの、ちょっと」


 抵抗しようとしたのに、足は思ったよりも軽く前にでた。


 知らない人に手を引かれているはずなのに、不思議と怖くはなかった。それどころか、胸の奥で少しだけ沸き立っている自分がいる事に気づいた。


 しばらく走ってたどり着いたのは、MMBの練習場だった。この辺で唯一、楽器の貸し出しもしてくれる、人気のある練習場だ。


 見慣れたはずの建物なのに、その日は少し違って見えた。


 胸の奥で、ずっとくすぶっていた何かが、はっきりと音を立てた気がした。


 関西弁の女の子に引っ張られ、周りをキョロキョロ見渡しながら、練習場内に入っていく。


 やがて、控室と書かれたプレートの部屋につき、中に入る。全体的に白く、大きめの机と、周りに椅子がいくつか置いてあるだけの部屋だった。


 控室の中には、もう一人女の子が待っていた。


「またせたな、見つかったで!楓」


 どうやら、控室にいた女の子はかえでと言うらしい。可愛いというより綺麗な子と言う印象だ。


「どこ行ってたん?どうせ無理やり連れてきたんやろ」

「う、そんなことないて〜」


 楓が呆れたような顔をしながら声を掛けると、関西弁の女の子は視線を泳がせながら答える。


 二人の関係は分からないが、少なくとも昨日今日のなかではないことは、二人のやりとりを見てすぐにわかった。


「ごめんな、無理やり連れて来られたんやろ?」

「えっと、まあ」


 楓に申し訳なさそうに声を掛けられ、曖昧気味に頷くと、「やっぱり」と言いたげな視線を赤夏へ向けた。


 楓は一つため息をつき、そらの方向に向き直り、柔らかく微笑む。


「私の名前は京野楓きょうのかえで、高校1年生や。よろしく」

 

 無駄な力を一切感じないその動きに思わず見惚れ、反応が遅れてしまい、慌てて頭を下げる。


「あ、同じく高校1年生日向そらです!よろしくおねがいします!」

「同い年なんやし、敬語やなくてええよ」

「はい、じゃなくて……わかった楓ちゃん。と、えっと――」


 自分を連れてきた子の名前を呼ぼうとし、彼女がまだ名乗っていなかったことに気づく。

 

 相手も同じことに気が付いたのか、少しバツの悪そうな顔で口を開いた。


「そういや、自己紹介しとらんかったな。うちの名前は加賀美赤夏かがみせっかや!赤夏でええで、そら!」

「よろしく、赤夏」

 

 加賀美赤夏――その名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたことがあるような、そんな違和感を覚えた。


 ただ、そんなことよりも急に連れてこられたそらには、聞きたいことがあった。

 

「あの、ところで……私、なんで連れてこられたの?」

「あ、そう言えば説明しとらんかったな」


 説明を求めると、楓の「説明してなかったん?」と言わんばかりの鋭い視線が飛ぶ。

 

 赤夏は「アハハ」と乾いた笑をこぼしながら、ようやく事情を説明した。


 ――どうやら、ルールを守らなかった大学生と喧嘩になり、MMBで決着を着けることになったらしい。


「うちは、許せんのや」


 赤夏は先ほどまでの明るい表情を一転させ、真剣で怒りに満ちた顔つきになった。


 (そんなにも、真剣な顔になれるって……何か……)


 その感情の強さが、今のそらにはまぶしくて、少しだけうらやましく感じた。そんな胸の奥のざわつきに自分でも気づかないうちに声に出していた。


「私、MMBやった事無いけど、やりたい!」

「ほんまか!」


 赤夏はぱっと笑顔を取り戻し、近くへ駆け寄ってくる。


「うん……やったことないから、力になれるかどうかは分からないけど……」

「そんなもん、やりながら覚えたらええねん。それに、そらはやれるって、うちの勘が言うとるからな!」

「勘か……」

「せや、うちを信じ!」


 ただの勘でも、赤夏に言われたら、そうなのかもしれないと納得してしまうような何かがあった。


「そらは騎士と奏者どっちがやりたい?」


 唐突に赤夏に聞かれ、そらは即答する。


「騎士!」


 そらの中では決まっていたのだ、やることはないかも知れないと思いつつも、あの日見た騎士の姿が今も鮮明に思い出せるほどに、脳裏に焼きついていた。


 その言葉で赤夏がニヤリと笑い、そらの肩をたたく。


「わかっとるやないか!やっぱりMMBちゅうたら騎士やろ!そうと決まれば、早速武器決めんといかんな」

「武器?」


 日常生活では聞かないような言葉に、首を傾げる。


「赤夏は何使ってるの?」

「そらもちろん」


 赤夏は拳を突き出す。


「拳やろ!」

「拳は赤夏みたいにあんまり考えない人には丁度ええから」


 赤夏がかっこよく決めたところに、楓の鋭いツッコミが飛ぶ。


「考えとるわ!」

「やったら、敵と戦ってるとき何考えて戦っとるん?」

「拳を相手に当てる、それだけや!」


 楓はあきれたような目線を赤夏に向け、ため息をつく。


「せっかはほっといて、そらちゃんは武器どうする?」

「えっと、そうだな……」

 

 顎に手を置いて考える。


「私も、拳がいいかな。空手習ってたし」


 昔ならっていた、空手を思いだし拳を前に突き出す。


 じっと二人に見つめられ、途端に恥ずかしくなり頬を染めると、赤夏は少し煽るような目線を楓へ向ける。


「なんなん?その顔」

「なんやろな」


 赤夏はうれしそうな顔をしていた。そんな赤夏を見て、楓は優しく微笑んでいた。

 ――その目だけが、まったく笑っていなかった。

 

 そらは背筋が凍るような寒気を覚える。


 もしかしたら一番怒らせてはいけない人なのかも知れない、そうそらが思っていると――


「よっしゃ、武器も決まったし、試合行くで!」


 そんな事は知りもせず、赤夏は元気よく、拳を掲げ、フィールドへ向かって歩き出した。


 

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