第12話 父親の思い出のギター
僕のパーカーのポケットの中。
楽器店の袋がガサガサ楽しそうに音を立ててる。
レジで頑張ってねと応援してくれたお姉さんの言葉が嬉しかった。
ニヤニヤしながらリビングの押し入れのガラッと開けて、奥をごそごそ探した。
さすが真昼お姉ちゃん!すごい整理整頓されてる。
「……あった」
僕は嬉しくて、見つけた黒いケースを抱きしめて引っ張り出す。
金具は少し錆びついていて、埃をたくさん被ってる。
布巾で大切に大切に磨いた。
ちょっと緊張して開けると、乾いた木の懐かしい匂いがした。
昔の記憶、よく覚えてない頃だけど好きだった記憶。
中には父さんが昔弾いていたアコースティックギターが収まってる。
弦に触れると間延びした音がして、思わず笑っちゃった。
ここで登場とポケットから新しい弦を取り出した。
取り替え方は昨日動画で何度も見たから大丈夫!なはず!
ギターを始めるのに必要な小物色々で、お小遣いが1ヶ月分飛んじゃったのは痛かった。
まだ月初なのに。
僕が後悔を必死に振り払っていると、夕夏が部屋から出てきて足を止めた。
「わ、懐かし。パパのやつじゃん」
じっと僕を見てから笑った。
「似合ってなくてごめんね」
べーと舌を出す。
「違う違う。いいんじゃない、パパも喜ぶと思うよ」
応援してるねと消えていった。
……ぜったい夕夏はファザコンだと思う。
お父さんに関することは妙に優しいもん。
それから何時間かかかったけど、ようやくお手入れができた。
「おおー」
古いけど使い込まれて光ってる木がかっこいい!
えいじんぐ?だっけ?
思わずぎゅーっと抱きしめて、大切なことに気が付いた。
どうしようかな?
仕事を終えて家に帰ると、珍しく妹の花夜がお出迎えをしてくれなかった。
毎日楽しみにしていたのでさみしい思いながらリビングに行くと、そこにいた。
「わ、懐かしい」
「あ!真昼おねえちゃんおかえり」
今気が付いたようでギターをだっこしたままとことことお出迎えをしてくれる。
「ありがと、ただいま帰りました」
頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
私の視線がギターにあることに気が付くと、花夜が身振り手振りで説明をしてくれる。
「昨日ね!動画でギターを弾くやつ見たの。そしたら記憶がばーって」
そういえば花夜が小さいころ、お父さんが抱っこしながらよく弾いてたな。
幼稚園の頃だったし記憶は薄いんだろうけど。
「弾くの?」
「……うん。できるかわからないけどやってみたい」
上目使いで見上げてきて可愛い。
「お父さんもきっと喜ぶよ」
「同じこと言ってる」
たぶん夕夏が似たこと言ったな。
小さく笑ってしまう。
「でもね悩んでて」
難しい顔で視線をきょろきょろさせている。
「名前が決まらないんだ」
「名前?」
「この子の!」
バッとギターを掲げた。
練習の前に名前で悩んでフリーズしてたってこと?
……可愛い。
「パパが大切にしてたものでしょ?だから僕も大切にしたい」
「だから名前?」
「うん!お姉ちゃんも一緒に考えてくれる?」
任せなさい。
私がこぶしを握っていると夕夏の部屋が開き、顔を半分だけ出してきた。
「お帰りシスコン」
「ただいま。可愛げが無いほうの妹」
それだけ言葉を交わすとさっさと部屋に戻っていった。
あの子も昔はお姉ちゃんっ子だったのに。
花夜もいつかああなっちゃうのかな。
「どんな名前にする?可愛いの?かっこいいの?」
「……お父さん、僕の名前を決めるとき、すごく悩んでくれたんだよね?だから僕もたくさん考えたくて」
花夜は良い子に育ちました。
天国の両親に思わず報告してしまう。
「なら私がアドバイスすることじゃないわね」
あなたが時間を使うこと、それに価値がある。
「うん、そうだね。僕頑張る」
さすが真昼お姉ちゃんと小さく跳ねて部屋に行く背中を見守った。
花夜も大きくなったと、閉じた扉を見ていた。
「……真昼ねえほんとに重症だよね」
はっと我に返り視線を外すと、花夜と入れ替わりに出てきた夕夏。
勉強用の眼鏡をかけてげっそりしてる。
「ネブソクツライ」
「大変ね進学校は」
私もそうだったなと少し懐かしい。
「夕夏!」
翌朝、早めに目が覚めた私が水を飲もうと台所に行くと妹が仁王立ちでいた。
「ギーちゃん!」
「は?」
まわらない低血圧で寝不足の頭。
ぎ、ぎー?
「ギターのギーちゃん!」
あ、ああ、昨日悩んでたやつ。
ようやく記憶を引っぱり出せた。
え、あれだけ悩んでその名前?
5秒で考えれそうな?
「可愛いでしょ!」
私の可愛い辞書にはないネーミングセンスだわ。
でもこんな朝早くからやりとりする気にもなれず、親指をグッと立てて返事にした。
水はもういいや。
部屋に戻り布団に包まってると遠くから『ギーちゃん!』って聞こえてきた。
真昼ねえが捕まったのかな。
ほめるのは任す。
ほんのちょっとだけ眠れそうなので私はうとうとした。
もしペットを飼うことになってもあの子には任せれないな。
私の意識が遠のき――。
「ギーちゃん!」
遠くから聞こえる運動部の声量に、一瞬で叩き起こされた。
ガラッ!
「うっさい!ギリギリまで寝かせなさい!」
私の声に一番驚いていたのは真昼ねえで、花夜は満足そうに笑顔だった。
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